コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re:   Mistake . ( No.165 )
日時: 2011/07/05 19:44
名前: 或 ◆zyGOuemUCI (ID: JPxKceGM)

#22 ( 声に出して )

「……どうし、たんだ?」
 勢いよく、ドアノブ以外は全てガラスで出来たドアを開けると、そこには目を真っ赤にさせた愛沢がいた。まるでさっきまで泣いていたよう……というか本当に泣いていたのだろう。メイクが涙で落ちてしまったのか、目元が黒くなってしまっていて、折角の綺麗な顔が台無しだ。
 愛沢は突然開いたドアに驚いたのか、数秒俺を見たまま硬直していたが、泣いたせいでメイクが落ちて汚くなってしまったのを思い出したのだろう。俯いてしまった。
「邪魔、消えてください。今すぐにここから飛び降りて」
「いや、さすがにそれは無理……」
 いくら気まずい空気だからといって、それだけで大怪我もしくは命をも捨てるなんて無理だ。っていうか“今すぐにここで”みたいなの何か聞いた事あるぞ。あ、林檎か。椎名林檎だ。
「飛び降り自殺は勘弁、だけど話聞くぐらいなら俺にも」
「お節介。帰るんじゃなかったの? 彼女待たせてんじゃないわよ」
 “俺にもできる”と言い終わらない内に、愛沢は俯いたまま心なしか少し鼻声で、しかしいつも通りの口調で言い切った。
 ……本人にお節介とキッパリ言われてしまっては、こっちからはどうする事もできないじゃないか。
 顔を伏せたまま、時折すんと小さく鼻をすすっている愛沢が何だか痛々しくて、俺は顔を背ける。
 この場にいるのが俺じゃなく如月先輩だったなら、上手く話を聞いて、優しく慰める事ができただろう。峰岸先輩でも、きっとかっこよく宥めてフォローする事ができただろう。……何で俺なんだ。どうして俺は、ここに戻ってきた? そんな理由は簡単だった。
「愛沢が……お前が、心配だから戻ってきた」
 呟くぐらいの小さな声で、言った。我ながら、なかなか恥ずかしい台詞を。
 すると驚いた表情を浮かべながら、愛沢は久々に顔を上げた。
「は、はぁ? 何の真似? 頭どうかした?」
「なぁ、愛沢」
 一呼吸おいてから、愛沢の目をしっかり見て話し始める。
「俺はさ、まあ愛沢が一番分かっているとは思うが、かっこよくもないし? お前が何を思ってるのか、何を望んでるのか全然分かんないし」
 突然真剣に話を始めた俺に戸惑っているのか、愛沢の目線はきょろきょろと周りを窺っていて落ち着かない。が、そんな事は特に気にせず話を続けた。目を見て真剣に聞いてほしいなんて言わない。とにかく、聞いてくれればいい。愛沢の耳に届けばいい。
「分かったとしても、望んだ通りの事をしてやれるかと言ったら、それはできないかもしれない。ああ、さっきだって飛び降り自殺はできなかったしな。だけど、言ってくれねぇとどうしようもないんだよ。“そりゃ無理だ”って言う事もできないし、考える事もできない。確かに頼りないかもしれないけど、もしかしたら少しでも愛沢の気持ちを軽くしてやることが俺にだってできるかもしれないだろ?」
 言い終わると同時に、愛沢は何かに弾かれた様に俺の顔を見る。数秒の沈黙の間が流れる。頭の中に“見つめ合うと素直にお喋り出来ない”な感じの歌が流れ始め、慌てて視線を外した。愛沢はまだ俺の方を見ているようだが。
 ああ引かれたかな、なんて今更考えてみる。散々罵られるのは覚悟した上で言ったけど引かれるのは嫌だな。罵られるのは悲しいかな慣れてしまったが、生憎引かれるのは慣れていない。昔から、どこにも角が立たないように生きてきた。こんなに自分の考えや思いを人に向かってぶちまけたのは人生初だ。
 ふと、今度は俺と愛沢を俯瞰している画が浮かぶ。自分の事だがおかしな光景だなと思う。
 座っている、今はメイクが崩れているがものすごい美人な女と、パソコンを挟んで、どこにでもいる平凡な男が微動だにせず無言で只そこに居るだけ。シュールとしか言い様が無い。
 その、何ともシュールな画を変えたのは、愛沢だった。
「じゃあ、聞いてくれるの? 本当に? 何でも?」
「当たり前だろ、曲がりなりにも同僚なんだから」
 極力優しく諭すような声にして俺がそう言うと、つい先程まで消えて無くなりそうなくらい頼りなく、暗かった愛沢の表情が少し明るくなった気がした。
「とりあえず顔洗ってこいよ。酷いぞ、真っ黒で」
 と、メイクが落ちてしまっている事を優しい俺が指摘してやる。なんて優しいんだろう、俺。惚れ惚れするくらいだ。
「うるさい! メイク直してくるから待っててよ!」
 その言葉にはいはい、と二つ返事をすると「むかつく!」と相変わらず口が悪い台詞を吐いた愛沢はメイクルームへ向かったらしい。愛沢の履いているハイヒールがたてる足音が遠ざかっていくのを感じた。
 はあ、と一つ安堵のため息をついてから、ガラスで仕切られた課長室の前にある、白で特徴的なオッサンが描かれている青い自動販売機でブラックコーヒーを買った。それから落ち着いて自分の言動を振り返ってみる。
 何てクサイ事を言ったんだ俺は……。あまりの恥ずかしさに頭を抱える。何年か経って、愛沢に指をさされながら大笑いされること必至だ。あーあ。
 激しく後悔したが、もう言ってしまったのだから仕方あるまい。この状況で意外と冷静な自分に驚いた。