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Re:   ∞  真夏の果実   ... ( No.38 )
日時: 2010/05/27 19:53
名前: 香織 ◆r/1KAORIEk (ID: ZclW4bYA)
参照: http://happylovelife612.blog27.fc2.com/



 第3話



 その少女は、小柄で色白で、腹まであるパッツンの黒髪に、赤いリボンをつけていた。
 そして白い振袖、紫の袴、足袋……といった格好である。
 全く、見知らぬ人の家に入って、しかもそこで勝手に寝るとは、どういう神経をしてるのだろう。
 せっかくなので、俺は起こすことにした。
 少女の体を、揺さぶる。


 「おーいっ! 起きろ!」
 「……ふぁぅぇぁ〜……」


 寝言のような声をだす少女。そして数秒後、伸びをして、目を開けた。
 ……目は、あまり大きいとはいえないが、その黒い眼には、吸い込まれそうな勢いがあった。
 少女は飛び起きて、辺りをきょろきょろ見回す。


 「あっ……あれっ!? ここは? なに? どうして私は……」
 「……とりあえず、お前どうやってここに入った? ここ2階だぞ」


 俺は、パニック状態に陥った少女を、見下ろしながら訪ねた。
 しかし少女は「……え?」と首を傾げるばかりである。


 「だから! どうやって入った? はしごでも使ったのか?」
 「……いえ、外を歩いていたら、突然気を失って……今、気がついたんです」


 ——馬鹿じゃないだろうか。
 現実的に考えて、それは絶対にありえない。
 気を失って、誰かにつれてこられたのなら、ありえるけれども。
 この家にいるはずの人物は、皆この家にいたし、誰かが連れてきたのではない。
 気を失ってるのに、勝手にここへはやってこない。


 「……白状しろ、黙っててやるから」
 「これは本当の——」
 「おっひょー!」


 少女の声は、あるお調子者の声によってかき消された。
 ……英才。
 いつのまにか、俺の部屋の出入り口の前にたっている。
 英才はニヤニヤしながら、近づいてきて、俺の肩をぎゅっと締め付けた。


 「なになになに、お前彼女いないとかいってさー! しかもさーコソコソしてさー!」
 「不法侵入者だよ、馬鹿野朗」


 うかれている英才に、水をさす俺。
 英才のそれまでの笑顔は消え、目を見開いて、ついに驚いた。


 「えぇぇっ!? 不法侵入? わーお」
 「……さてと」


 俺は英才を無視して、少女の方に再び向き直った。


 「……とりあえず、家まで帰るか。外も暗いし、送ってやるから」
 「あ、ありがとうございます……」


 これ以上問い詰めてもきっと「本当です!」しかいわないだろう。
 それならさっさと、少女を送ったほうがいい。


 「おー、送ってやるから、とかかっこいいー! 彼氏らしいn——げふっ!」


 英才の鳩尾に、軽くケリをいれてやった。
 途端「いってぇ!」という、英才の声が部屋中に響く。
 俺は「彼女じゃねえよ」と言い捨てると、少女と一緒に部屋を出た。



**




 「……さて……」


 あ、そういえばまだ、この子の名前きいてなかったな。
 俺は「名前なんていうの?」と尋ねた。
 いつもより、少しやさしめの声で。


 「あ……剛田静香……です」
 「剛田静香!? ……なんか、ド○えもんみたいっていわれね? 俺は源武だけどよー」


 なんだか少しだけ、親近感が沸いた。
 俺は笑顔でいるが、静香は何故か困ったような、表情を浮かべる。


 「あの……ド○えもんってなんですか?」
 「え」


 あの日本人なら言わずとしれた、あの名作をしらない奴が、いるんだな。
 俺は少し、いやかなり、驚いてしまった。
 そして夜の閑静な住宅街、にいるにも関わらず、大声で叫ぶ。


 「えぇっ!? しらねぇのかよ!?」
 「……だって、知らないものは知らないんですもの」

 そういって静香ちゃんは、少し顔を赤らめて、そっぽをむいた。
 あー……ちょっとかわええ……てそうじゃなくて。


 「……テレビでみたことないか? あるいは漫画とか……」
 「テレビってなんですか?」


 ——!
 こればかりには、また叫ばずにはいられなかった。
 ド○えもんを知らない日本人は、100歩譲っていたとしても、テレビを知らない日本人は——
 はじめて遭遇した。
 ……いやまてよ、もしやすると、家庭の事情でテレビが買えないとか。
 またもや、すごい所のお嬢さんで、テレビすらしらないとか。
 そういうのも、ありえるかもな……。



 「あ、あの、いい加減進もうか。……どっちの方角?」
 「それが……」


 静香は、次の瞬間涙をぽろりとながした。
 そして静かに……かすかな声で、口を開く。


 「……忘れました……」
 「えっ」




 ……もしや、記憶喪失とかいうやつか?
 なるほど、それでド○えもんやテレビを忘れてる、ということだ。
 そうか、そういうことか。



 「……じゃあ、学校名とか分かるか?」

 何故かききたくなった。
 記憶を失った彼女に、こんなこときくのもどうかと思うが——


 「……乙姫高等女学校、4年です」
 「……は?」



 高等女学校?
 ……あ、女子高のことか?
 え? ……でも4年生って……。あ、中高一貫校か?
 色んな思考が、俺の頭の中でぐるぐるまわる。
 まあいいや、次の質問しよう。



 「……生年月日は?」
 「はい」


 静香は、俯いていた顔をそっとあげた。
 吸い込まれそうな黒い瞳を、俺に向けて。
 小さな口をあけて。
 

 彼女は、なんていったとおもう?




 「大正6年7月26日生まれ……です」