コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 僕の涙腺を刺激するもの   ( No.145 )
日時: 2010/10/17 15:15
名前: 風菜 (ID: NhY/JZtF)

第14章 「苦涙」


放課後の、すっかり人気が無い裏庭。
時折、体育館やグランドから聞こえてくる部活動の熱血的な掛け声以外には、何も聞こえてこない。ゆったりとした、静かな時が流れてゆく。

涼やかなそよ風が、一琉の頬を優しく撫でる。

(昼の騒がしさとは、また打って変わったなぁ……。)
と、一琉は思った。


深いため息を付いた後、壁に寄りかかる。

すると、横から、芝生を踏んでこっちに歩いて向かってくる音がした。

その音に反応して、一琉は音のする方向に体を向けた。
と、同時に、その足音もピタリと止んだ。




「ああ……。何だ。」

足音の正体である人物を見た瞬間、一琉はそう呟いた。

幾分か、安堵したのだ。










「結衣菜。」
一琉は肩を揺らして、軽く微笑んだ。







「……どういう事? 」
冷徹に、怒りがこもった声で、咲原結衣菜は言った。



「……何が? 」
一琉の顔は微笑んだままだ。

「知ってるでしょ? 伊吹の事だよ。」

一琉は少し俯いて答えた。




「知ってる。結衣菜の事だもの。」

咲原結衣菜は小さく聞いた。

「隣、座っても構わない? 」

「駄目だなんて私は言わないわよ。」

一琉の言葉に、咲原結衣菜は動じず、すとんと傍に腰を下ろした。






















「いきなり本題に入るけど。」

急に咲原結衣菜は切り出した。

「本当にいきなりね。」
一琉は笑った。
咲原結衣菜は、笑わなかった。


「じゃあ言うけど ——————……。
 






 

 









 どうして伊吹は、私達の事を忘れてるの? 」









一琉は腕と足を伸ばした。

腕は真上に、足は真っ直ぐに。











「結衣菜とこんな風に話すのは、随分と久しぶりだよね。状況は全然違うけど。」

と、いきなり言った。
咲原結衣菜は、黙って一琉を見つめていた。


「今この状況が違うように、私達が置かれてる状況も、遥かに違うわよね? 」

一琉は立ち上がった。









「だから、今その事を、貴方に話す訳にもいかないのよ、結衣菜。」


「どうして? 」
咲原結衣菜の声が響いた。















「零に関する事だからよ。」




「……っ!? 」






「あの時の事は、勿論今も、忘れてないわよね? 」

「当たり前じゃない……っ。忘れる方が無理な話よ。」


クスッと、一琉の笑いが漏れる。

「それもそうよね。だから私も言えないの。」

「でもなんで、零が……っ。」

「それはあとの話。とにかく今は、結衣菜には言えない。」

一琉は、それだけ言うと、

「じゃあ、またね。」

と、咲原結衣菜に告げ、その場をあとにした。

後ろで、咲原結衣菜は、まるで亡者のように項垂れて
いる。
目も、死にそうなくらいに濁っている。

一琉はそれを、悲しそうな目で見つめながら、先の方
を歩いていった。



















————— その後 —————

「はい、もしもし。」
携帯で、一琉はあの三日月の夜に話していた人物と通話している。

「ええ、シナリオ通り進みそうです。御心配には及びません。」

窓の淵に座り、夜空を眺めると、綺麗に輝く満月が見えた。

「はい、ではまた。」

前回よりだいぶ早く通話が終了すると、一琉は携帯を放り投げた。










『とにかく、もうコイツに手出すの、やめてもらえる? 』

あの時の伊吹の声が、脳裏で蘇る。



「……っ! 」

自然と、一琉の瞳から涙が零れ、それはもう溢れて止まらなくなった。









「まだ……、好きなんだよ……。あの時も、今も……。」

か細い声が、部屋中に響き渡る。












「伊吹……! 」

一琉の訴えも、実に小さな声だった。




『僕の涙腺を刺激するもの』 前編 終わり