コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 憂鬱メアリー |金魚とわたし1/2 ( No.223 )
日時: 2010/07/24 17:38
名前: はるた ◆On3a/2Di9o (ID: L0k8GmDX)
参照: 弱い僕はあなたの居ない世界を生きる自信はないの

 いつもみたいにベンチに座ってラムネを飲んだ。甘い、だけどどこか苦味を感じる。きっとそれはわたしの意識の問題だ。彼はさも美味しそうにラムネを飲み干し、瓶の中に入っているビー玉をカラカラと鳴らせた。
『あと少ししたら、花火大会始まるぜ。何かしたいことあるか?』
 彼はそうわたしに訊く。——したいこと。思い出が作りたい、最後の。
『……金魚。金魚すくいがしたい』
 かなり突発的に思いついたこと。だけど彼はそれを本気にして『じゃあ行くか! 俺結構上手いよ』と言ってわたしの手を引いて、屋台へと連れて行く。

『一人三百円ね』
 屋台のおじちゃん(と言って良いのか分からない年ぐらいの男の人)がそう言って掌を向ける。わたしは慌てて財布から三百円を出し、その掌の上に置いた。それと引き換えに金魚を掬う紙で出来た掬いを貰う。
『凛からやっていいよ』
 彼はそう言ってわたしの背中を軽く押す。わたしは金魚すくいなんて生まれてこの方やったことが無い。だからがむしゃらに水面を掬ってみるけど、やっぱり金魚は逃げ惑って結局紙がやぶけてしまった。
『へたくそだなー! 俺が掬ってやるよ』
 そう言って彼は笑顔を見せる。案の定彼は金魚を五匹も掬い上げて、それをわたしに『やるよ』と言って全てくれた。ありがとう、そう言おうとしたそのとき丁度に始まった花火大会に、全て掻き消された。

 *

 彼とはあれ以来一度も一緒にどこへも行ってない。高校も違うし。彼女とはどうなったのかも聞きたくも無い。たまに家の前とかで会うけど、少し挨拶する程度。昔みたく喋るとかはほとんど無くなった。

 棚の上をふと見る。金魚鉢には金魚がゆうゆうと泳いでいる。その数七匹。あのお祭りで貰った金魚は長生きしないと思ってたけど、未だに元気に泳いでいる。少し餌を食べ過ぎて太ってるくらいだ。そして増えた二匹は、お母さんが買って来た。お祭りで貰った金魚が赤いのに大して、買っていたのは黒い出目金。

 ——思い出だけは、こうして残ってるのに。わたしたちは何を違えちゃったのだろう。
そう思って泣き出しそうになる。それを堪えようと、近くに放り投げられていた抱き枕に力いっぱい抱きついた。薄いピンクの抱き枕はへしゃげて、形を変えていく。

 窓の外はまだ雨が降ってるのに、どこからともなく花火の音が聞こえてきた気がした。
彼はいないけど、夏はやってくる。

(金魚とわたし)2/2

お題提供:譲羽さん「金魚」「梅雨」「抱き枕」