コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 白雪姫はりんご嫌い ( No.276 )
- 日時: 2010/07/29 16:00
- 名前: 七海 ◆On3a/2Di9o (ID: L0k8GmDX)
木にとまっている蝉目掛けて虫取り網を振る。パンッという音をたてて網が蝉を捕らえる。「よっし! ミチル、蝉取れた!」そうミチルに言うと、無表情に少し驚愕の色を塗ったような顔をして「凄い……蝉ってそんな姿をしてるのね」と呟いた。
「ミチルは蝉、見たことなかったの?」
そう聞くとミチルは自身の麦藁帽子に触れながら
「そうね、あたしあまり外で遊ぶってことをしたことないから」
と言い、少し寂しそうな顔をした……気がした。「そっか」と言い、ミチルの頭に触れる。麦藁帽子のざらざらが少し掌が痛いなと思った。何となく気まずく感じ、大きな木に止まっている蝉を指差し「ミチル! 蝉! 捕まえてみろよ!」
ミチルは「うん」と少しだけ声を大きくさせ、虫取り網を握り締める。そして細くて白い足で駆け出し、大きな木へと向かう。ゆらゆらとミチルの髪が揺れて何かカーテンみたいだなと思った。そしてミチルは細い腕で少し危なっかしげに網を振り、蝉を捕らえる。
「あっ……! やった……!」
ミチルが細い声で歓喜の声をあげる。そして続くように、
「翼、あたし、捕まえられた」
と確かめるように言う。その表情は綺麗な笑顔だった。「凄いよミチル!」そう言って駆け寄るとミチルは笑顔で「うん!」と俺の手を握った。真っ白なミチルの手は、俺の予想に反して少し温かかった。
喜びの余韻に浸ってしばらくして、時計の針が四時半を過ぎていることに気がついた。え? さっきまで一時半だったのに……と改めて時が経つのは早いんだなと実感する。ミチルも時計を見て、
「あ、あたしもう帰らなきゃ」
と言う。さっきまでと同じ、感情の含まれてない声。そしてミチルは言葉を続ける。
「あたしのお父さんとお母さんって“りこん”するんだって。それで、あたしはお母さんと一緒に暮らすから、お父さん系列のこの町の従兄弟の家に来ることは二度とないんだって。だから翼と遊べるのは今日が最後」
頭の悪い俺にはいまいち分からなかったけど、もうミチルと遊ぶことは出来ないんだなと思うとやっぱり少し寂しかった。
「でもあたし、会いに来るから」
意思の強そうなミチルの声。俺はそれに
「いつでも来いよ、待ってるから」
と答えたのだ。そしてミチルは少し笑い、スカートの裾を翻しながら俺に背を向け、歩き始める。その背中に何か言葉をかけようとしたけど、言葉が見つからない。ミチルの麦藁帽子と髪がゆらゆら揺れる。俺はそれが見えなくなるまで見送った。
*
ジージー、蝉が煩い。今年の夏休みは高校受験というものを控えているため、つまらない。
この時期になるといつも思い出す。ミチルと過ごした、一日。大した思い出は無い。ただ蝉を捕まえて、それを誉めただけ。だけど俺にとってはかなり印象に残る夏だった。
「あっついな……」
独り言を洩らしながらミチルと蝉取りしたあの公園のあのベンチに俺は座っている。別に思い出に浸りにきたわけじゃない。クラスの友達が『図書館で勉強って何か頭良さげで良くない? しようぜ!』とか言い出したので、それの待ち合わせのためだ。だけど待ち合わせの十分前にその公園についてしまったので、やることも無くただ暇をつぶす。
と、そのときだった。
「暑いね、今日は」
細い女の声が背後から聞こえた。慌てて後ろを振り返ると、
「あ……?」
色素の薄い髪、人形みたいに整った綺麗な顔、細くて白い体。
「暑いね、翼。ラムネでもどう? あたし二本持ってるの」
そう言ってラムネ瓶を二本見せる。カラカラ、中のビー玉の揺れる音。
「今年も蝉がうるさいんだねぇ……」
懐かしそうにその人は言うから、
「あの夏も煩かったけどね」
と答えた。するとその人は
「そうね、そんな煩いものをあたしは捕まえたのね」
とクスクス笑う。
ラムネ瓶が太陽光を反射して、キラキラ光る。俺はベンチの背後にいる彼女から目が離せなくなった。
(ラムネ瓶の中の世界)3/3