コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 白雪姫はりんご嫌い / 短編 ( No.316 )
- 日時: 2010/08/05 15:20
- 名前: 七海 ◆On3a/2Di9o (ID: 2fGMg0kq)
こんなはずじゃ、無かったのに。北校舎の三階の階段の踊り場で私は息を一つ吐き出した。動悸が凄い、体全体が血を抜かれたみたいに冷えている気がする。足の震えが止まらない。ハァハァと繰り返す自分の呼吸音がどこか遠くに感じられた。
「違う。違うの……美咲……」
誰に言い訳しているのだろうか、目の前には誰もいないというのに。
事の始まりは今から三十分前のこと。
私は保健委員に所属していて、今日はその委員会の集まりの日だった。男子の保健委員は長田楓で、うわぁ、女みたいな名前だなあというのが私の第一印象だった。私は人のどういう顔が格好良いのかということがいまいちよく分からないけど、長田楓はクラスではかなり格好良いと評判で私の親友である田部美咲も長田楓のことが好きと言っていた。
「長田は格好良い上に優しいんだよ、この前もあたしが図書室から本を運んでて重くてへばりそうになったときも、俺がやるって言って代わってくれたの!」
美咲はそう言って顔を緩ませ、赤くその頬を染めた。恋する女の子は可愛い、とはよく言うけれど美咲はまさにそのとおりだなぁと思う。元々可愛い女の子だったけど、それに磨きがかかったというか。
でも私は長田楓に優しいと感じたことも、逆にこいつは酷い奴だと感じたことも一切無かった。どうでも良いと言ってしまえばそれまでだけど、そんな感じの存在。特に視界にいても気にしない程度だった。
——好きです。
ついさっき、健康観察簿を自分の教室に二人へ届けに言った際に言われた言葉。「は?」私は首を傾げて長田の顔を見る。長田は真っ直ぐと私を見て「好きなんだ」と言った。意味が、分からない。頭の中が真っ白に染まっていく。長田楓が私を好き? 意味不明。——そのときだった。
「……し、栞」
私の名前を呼ぶ声があった。その方に振り向くと「美咲?」肩を震わせ、泣き出しそうな顔をして立っている美咲がいた。
「どうして……栞なの。あたしじゃなくて……栞なの? 何でよっ! 何で!」
美咲は長田ではなく、私に向かって叫ぶように言う。その目からは涙が一筋零れていた。そして美咲はそれを腕で乱暴に拭くと、私に背を向けて走り去っていってしまう。「美咲!」声をあげたときにはもう、遅い。
私は長田の方に振り向いた。
「あんたの……」
あんたのせいでこんなことに。そう言ってやろうと思ったけど、長田は酷く傷ついたような顔をしていたから言葉が喉につまり、出てこなかった。
何も言わず私は長田を置いて、美咲の後を追いかける。冷静になって考えてみれば最低なことした、私。返事もろくに返してない。なのに。
階段を駆け上がり、美咲を探す。——案の定どこにもいなくて、階段の踊り場に着き——今に至る。
こんなはずじゃなかった。長田楓のことなんて好きじゃないし、相手に好かれるような行動をしたわけでもない。むしろ美咲の恋を応援していたつもりだった。なのに、何故。
「美咲……」
独り言を呟く。ついさっきまで隣で笑い合っていたのに、こんな些細なことで壊れてしまうなんて、友情なんてそんなものなんだなあ。そう思うと自嘲的な笑みしか漏れてこなかった。
(タイミング)
お題提供:仁菜さん「中学生の友情関係」