コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 白雪姫はりんご嫌い / 短編 ( No.340 )
- 日時: 2010/08/12 13:55
- 名前: 七海 ◆On3a/2Di9o (ID: zFyt/1.A)
出会う前から貴方との未来が見えていたとしたら、“さよなら”で離れてしまうことが分かっていたとしたら。私は貴方に、貴方は私に恋をしなかったのでしょうか。残念ながら私には予知能力という物が備わっていないため、その疑問を解明するのは不可能なのですが、やっぱり少し気になったりしていました。告げられた『ごめんなさい』も、別れ際に見た貴方の寂しげな顔も、全て知っていたとしたら私は。そしたら涙なんて零さなかったでしょう。あの、体全体が冷えていくような感覚に陥ることも無かったはずなのです。
この世の中は綺麗事だけではやっていけません。
“どんな未来が待ちうけようとも、貴方といるだけで幸せになれる”だなんて私には到底思えないのです。だって人間が一番大切に思っているのはやっぱり自分、その可愛い可愛い自分が傷つくのは誰だって嫌なのです。私だって彼とずっと一緒にいたかった、それだけで幸せになれると思っていました。だけど現実は、そんな砂糖みたいに甘いものではなかったのです。
——彼が病に倒れた、と聞いたのはいつのことだったでしょうか。
大きな病院に入院して、薬品くさい病室でずっと寝たきりの彼に、確証も何も無いのに「治る、絶対治るから」と言い続けました。すると彼は痩せて細くなってしまった体を起こし「ごめんな、ありがとう」と小さく笑うのです。
治らない病気で、例えもったとしても一年くらいしか生きられないだろうと彼の担当医から告げられ、彼との別れが近づいていることなんて知っていました。だけど言葉にすれば、治るってずっと言っていれば、神様がいるとしたらその願いを聞き届けてくれて彼の病気を治してくれるんじゃないか。そんな馬鹿な考えに、私は縋っていたのです。だってそうでもしないと私は苦しさと辛さに壊れてしまいそうだったから。きっと彼は私の何倍も辛く、苦しく、そして無念だったでしょう。私達は子供を生み、幸せな家庭を築くことはおろか、結婚することも手をつないで外を歩くことも出来ない。そんな現実なんて私はいらない、そう思い、彼に気付かれないよう病院のトイレで一人泣きました。もしかしたら彼は気付いていたかもしれない、私は隠し事をするのが下手くそだから。
「ごめんな」
彼はふとそう言いました。細く痩せてしまった腕を伸ばし、私の手に触れ。その謝罪の意味が分かりそうで分からない、もどかしい気持ちに私は思わず涙を零しました。彼の前で、初めて。白いシーツに顔を伏せ泣き続ける私の頭を、彼は優しく優しく撫でてくれたあの手の感触を、今でも覚えています。
それからどれくらい経ってからでしょうか、彼が亡くなったのは。一ヶ月? 二週間? よく覚えてないのです。ただ覚えているのは彼の寂しそうで、だけどいつもみたいに寝ているような顔。少ししたら「おはよう」なんて言って、起き上がりそうな彼が死んでしまった? そんな事実が私には飲み込めませんでした。
——私は彼と別れてしまうと知ったら、その別れが永遠の物だとしたら。好きになんてならなかったのでしょうか。そんな疑問が出ては消え、出ては消え。だけど私は“彼に出会わなければ良かった”とは不思議と思えないのです。彼と出会えて良かった、そう思うのです。
(永遠に捉えられない言葉)