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Re: 白雪姫はりんご嫌い / 短編 ( No.353 )
日時: 2010/08/16 14:18
名前: 七海 ◆On3a/2Di9o (ID: zFyt/1.A)


 あたしのクラスには博士がいます。
彼は日向怜治君といい、サッカーが凄く得意なクラスの人気者です。サッカーだけでなく運動全般ならクラスの誰よりも得意で、それに反比例していくかのように頭はあまり良くないのです。だけど日向君は、理科の点数はいつも百点かそれに近い点数をたたき出していました。だからクラスから“博士みたいだね”なんて言われているのです。

 あたしと日向君は偶然、クラスで一緒の委員会に所属していました。“環境委員”という、植木鉢に水をやったりロータリーにある花壇の花の手入れをしたりする委員会です。
 今日は委員会に所属して初仕事で、あたしと日向君は植木鉢を教室のベランダへ運ぶという仕事を任されました。
 階段を上りながら、大きく重い植木鉢を運ぶというのはとても大変なことです。
「和泉、これ重くない?」
 日向君はそう言って困ったような笑顔を見せました。日向君の黒い髪がサラサラと揺れて何だかとても綺麗。
「重いね、大変だね……」
 そう返事をすると日向君は「とっとと終わらせような」と言って再度笑いました。いつも明るい日向君は、やっぱりクラスの人気者。日向君は凄く綺麗な顔立ちをしているので、女の子からも人気が高いのです。そんな誰からも愛される日向君が、あたしはちょっぴり羨ましかったりするのです。

 教室のベランダに着き、茶色く大きくて重い植木鉢を地面に置くと、花がゆらゆらと揺れました。理科が得意な日向君に、
「この花なんていうの?」
 と訊ねると、
「ガーベラっていうんだ」
 と笑いかけてくれました。ガーベラ。とても素敵な響きの花に、思わず笑顔がこぼれます。赤、白、黄色。可愛い色のガーベラが風に揺れているのがやっぱり綺麗。

 ——そのときです。日向君が腕を少しあげると、ジャージの袖が少しめくれ、大きな痣が見えました。青黒く、とても痛々しい。それが少し見ただけで、腕のあちこちにありました。
「日向、くん。痣……どうしたの?」
 一つの予感が脳内を過ぎり、震えるのを抑えて訊ねます。日向君は焦ったように腕を隠し、
「なんでもない、なんでもないよ」
 と笑顔を見せました。いつもみたいな、笑顔じゃない。何か作り物めいた、そんな笑顔。
「……その痣、お父さんとかお母さんから受けたの?」
 ——虐待されてるんじゃないか。最近ニュースとかでも取り上げられることが増えてます。
 日向君はしばらく黙り込んで、そしてあたしの目を見つめて
「絶対誰にも言うなよ」
 と低い声で告げました。あたしは思わず頷き、日向君をじいっと見つめてしまいます。
「……父親が、凄い酒飲むと性格が豹変して。母親や俺や妹にまで暴力を振るうようになって。何か近々離婚するらしいんだよね。父親も酒飲まなきゃ普通だから、そこは理解してるっぽいけど……よくわかんねぇ……」
 普段見る、日向君じゃありませんでした。明るくてクラスの人気者で理科が凄くできる博士みたいな彼は、どこにもいなくて寂しげな男の子が目の前にいました。
「……そっか」
 そういうことしか出来ませんでした。きっと離婚が成立したら、日向君はお母さんの実家とかに戻り転校してしまうのでしょう。
「ありがとな、和泉」
 何故だか分からないけれど、お礼を言われました。あたしはどうして良いか分からず、笑顔を見せました。

 クラスで人気者の博士の仮面の下は、きっとあたししか知りません。

(知らない顔)

お題提供:KEIさん「仮面の科学者」