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Re: 白雪姫はりんご嫌い / 短編 ( No.354 )
日時: 2010/08/17 22:31
名前: 七海 ◆On3a/2Di9o (ID: zFyt/1.A)


「俺、お前が嫌いだよ」
 そう言うと、彼女はむっとし眉をつりあげて、
「あたしもあんたのことが大嫌いよ」
 と睨む。俺は嘘を吐いて彼女の気を引くことしか出来ない。そうするしか術をしらない。彼女の目に、俺を映すにはこうするしかないのだ。優しくしたって彼女の機嫌をとったって、そんなことをする人間は他にいくらでもきっといるから。
「あたし、あんたが大嫌いよ」
 彼女は再度そう言う。その声が酷く震えていることに俺は気付かないふりをした。

 *

 人気の無い廊下というのは何か少し不気味だ。明かりも消えているため、窓から差し込む夕日の光に照らされ橙色に染まっている。俺は保健委員に所属していてその集まりが今日あったため、普通よりも下校時刻が遅くなっていた。
 健康観察簿を置きに、自分の教室の前に立ったその時だった。
「……好きだよ」
 その言葉に思わず体が固まる。思わず教室の戸の前から離れ、身を潜めた。
「……何、言ってるの?」
 ——彼女の声だ。その途端、焦りと驚愕で体の血の気がざあっと音をたてて失せていったような気がした。どうしよう、彼女も相手のこと好きだったとしたら。どうしよう。
「好きなんだ、井野崎」
 やめろ、やめろ。やめろ。脳内に響く言葉がガンガンと痛い。俺だって、彼女のことが好きなんだと言っても、意味が無いことなんて分かっている。だけど、でも。

「……ごめんなさい。私、貴方のことそういう目で見たことが無いの」
 彼女の声が聞こえる。その言葉に、喜んだといったらやっぱり不謹慎だろうか。相手の男は歯切れの悪い言葉を残し、ガラガラと教室の戸を開けて走り去っていった。多分俺には気付いていない。

「……覗きなんてする馬鹿がいるのね、本当」
 急に彼女の声がしてぎくっと体が思わず跳ねる。後ろを振り向くと彼女——井野崎桜の姿があった。
「いの、ざき」
 自分の声が馬鹿みたいに掠れているのに驚く。井野崎は眉を下げて笑い、俺に顔を近づける。
「何泣きそうな顔してんのよ、馬鹿ね」
 ドキリとした。俺は今泣きそうなのか。
「大嫌いなあたしが告白されて悔しかったの?」
 井野崎は嫌味っぽくそう言う。
「違う、よ違う」
 頭の中がぐるぐるとして上手く物事が考えられない。
「素直になってくれればあたしだって素直になるのに」
 井野崎がそんなことを言うから、俺は思わずその手を掴んだ。井野崎の、驚愕に染まった顔がそこにある。

「好きだよ」
 言葉をつむぐと、井野崎は「馬鹿ね」と笑った。
「あたしのこと、大嫌いだったんじゃなかったの?」
 彼女は泣き笑いのような表情を浮かべた。何故だかは分からない。よく知らない。

 窓からは橙色の光が差し込み、夕暮れを告げる。それはどことなく切なげで、綺麗だった。

(嘘を重ねる自分)