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Re:     Tears...... ( No.220 )
日時: 2010/08/01 16:08
名前: 美純 ◆dWCUS.kIT. (ID: kQLROmjL)

011

「うわあ……花火大会ってこの時間からこんなに混んでるんですね」
そう、まさにU○J並の混みようにさとは絶句していた。彼女ははぐれないようにか、俺のシャツの裾をぎゅっと握っていた。そんなとこにも愛しさが胸の中で弾ける。
「——花火大会、初めてなんですよ」
「え? 大地とかと来たことないのか?」
そんな軽率な言葉を発してしまった俺はどこまで無責任なのだろうか。「じゃあ今日は楽しもう」とか言えばよかったのに。彼女は目を伏せるとぽつりと言葉を発した。
「柚希は小学生のころから大地が好きでしたから。いくら〝幼なじみ〟であっても柚希を裏切るようなことをしたくない」
そう言ったさとのいじらしさや優しさが胸に痛かった。人の為にと、人が良ければ自分はどうでも良いという彼女の思いがギュッと胸を締め付けるのだった。
「そうか……。ま、まあ今日は遊ぼうよ!」
「そうですね! あ、私綿あめ食べたいです!」
そう言ってぱっとあっけなく裾を離して走って行ってしまった彼女の背中が、驚くほど儚く見えた。

「もうすぐ始まるな」
黒い腕時計を見て呟いた。あれから一切その話題に触れずに時間を潰した。さすがに飽きてきた頃、花火大会最大のイベントが始まろうとしていた。
「千早。こっちに来てください」
遠くから聞こえた声の方を向くと、人ごみとは反対側の芝生からさとが手招きしていた。暗がりの中の彼女のサマードレスは何倍にも光って見える。
「ほら、此処はちょっと丘みたいになってるでしょう? だから見えやすいみたいです」
ちょこんと、その場にあるベンチに座った彼女の横に俺も座る。
「千早ありがとう」
「え?」
驚いてさとの方を見る。自然にふわっとほほ笑んだ彼女は少し顔を赤らめた。
「だから、私の我が儘に黙ってついてきてくれたでしょう? 感謝してるんです。前からずっと」
我が儘。彼女が言っていることはきっと花火大会のことだろう。強引に連れてきたからそれを我が儘だと言っている。
「言っとくけど、さとが我が儘とか一度も思ったことねーから」
「え?」
今度はさとが驚いてこっちを向く。俺はほほ笑み返した。
「さとはさ。いろんなこと我慢しすぎだと思うよ? 言いたいこととかちゃんと相手に伝えないと」
「……うん」
分かってます、と彼女は小さく言った。彼女は彼女なりに分かっているんだろう。でも、このままじゃ壊れて消えていきそうだから。言わないとと思っていた。
「——どうして? そんなに優しいんですか」
彼女の声は静寂によく響いた。正確には俺らを取り巻く空気が静寂に包まれていた。どうして? どうして……って。
「決まってんじゃん」
そう、決まってる。

「さとが、好きだから」

ドォォォォーーンッ!!
その言葉を言い切る前に響き渡った花火の音。驚くほどタイミングが悪すぎる。同じ言葉を言い直す気力もなく、花火を見上げた。
「わあ……綺麗ー」
さとは途切れた俺の言葉を気にするはずもなく、夜空に散った花火をずっと見つめていた。
「にしても、小さい頃はさ。線香花火でさえもおっきいって思ってたよな」
ふと、胸を過った小さい頃の記憶。俺ら幼なじみ三人組で初めてやった線香花火。
「千早は最初、『怖い、怖い!!』ってずっと叫んでましたね」
「なっ……だってよ? さとが線香花火をこっちに向けてくるからじゃん!! それに今は違う——」
言い返すと目があった。すぐ逸らされると思ったが、じっと俺の方を見てくる。な、何だ?
「そうですね。千早、何か昔と変わりましたよね」
「え、何だよ……急に」
彼女に見つめられるとドキドキする。当たり前なんだけど、ドキドキした。
「——男の子じゃなくて、〝男〟になったっていうか。すっごい成長したっていうのかな?」
男の子じゃなくて、男。自分では実感がなかったけど、もしそうだとしたら、さとも変わった。女の子から、女になった。
幼かった顔だちもすっきり引き締まって、背も高くなって髪も伸びた。俺はどんどん取り残されていく気も薄々していた。
「でも、まだ何にも変わってない」
「え——?」
そう、何にも変わっていないものもある。住宅街の家並。公園のブランコ。そして、この町の花火。
——何も変わってなんかない。全部昔のまま。

「変わるのはきっと……これからなんでしょうね」

そう言った彼女の言葉と表情を、きっと俺は忘れない。
きっと、いや絶対に。

ドーンと花火が散り、その夜は更けて行った。



(守りたいものがあるから)