コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 不眠症のひつじさん ( No.5 )
- 日時: 2010/07/19 18:19
- 名前: あさ子 ◆D2yUo.n7Ls (ID: ZZ5Hb1Lx)
誰しもコンプレックス、というものはある。それが可愛いと名高い彼女や、優しいと皆に好かれる彼にも。勿論、私にも。
それは顔に点々とあるそばかすだとか、人より小さい背だとか。もう数えれば数えるほど嫌になるくらいある。
その中で何よりも嫌いなコンプレックス。もわもわと大きく広がったこの髪の毛だ。母譲りの天然パーマである。
しかし、私のこの髪の毛はどう考えても母よりも酷い。四方八方に毛先は飛び跳ねているし、櫛で梳かせばぐ、とどこかで必ず引っかかるし。もう嫌になる。
小さい頃はこの髪のせいで男子によくからかわれたものだ。あいつに近づいたら髪の毛に呑まれる、なんてよく言われた。そうして、ついたあだ名は「もじゃ」。この絡まった毛が由来なのは明確であった。
今では皆大人になったのか、もうそのあだ名で呼ばれることはない。———ひとりを除いては。
「おい、もじゃ。数学の宿題見せろよ」
隣の席からふてぶてしい声がかかる。見れば偉そうに嘲笑を浮かべた男子がいた。相沢弘樹、だ。
こいつとは何の縁があってか小学校高学年から始まり、中学、高校と全て同じクラスである。
こいつだけは周りが私を名字に呼ぶようになっても相も変わらず私の大嫌いなあだ名で私を呼んでくる。
「別に数学の宿題くらいいいけどさ、いい加減そのあだ名で呼ばないでよ」
数学のノートを差し出しながら、もう何度目かわからない申し出を溜息と共にする。
「は、何でだよ? 別にいいじゃん」
奴は私の数学ノートを受け取りながら、今迄と同じようにきょとんと目をぱちくりさせた。
「もうこれで定着しちまったしいいじゃん」
そう言って答えを写すためにシャーペンを自分のノートに走らせる。
嗚呼、もう嫌になる。こいつに呼ばれる度に私の毛の存在を思い知らされる。しかし、それも今年で終わりなのだ。
「まぁ、私今年の夏休みで縮毛矯正するから直にそのあだ名も呼べなくなるわね」
得意げにふふん、と鼻を鳴らす。
そうなのだ。これまで母に何度となく頼んできた縮毛矯正の許可が降りたのだ。ただし、自分のお金でだが。まぁ今年はバイトもできることだし、そのお金でかけることはできる。これで私の最大のコンプレックスともおさらば、というわけである。
「……それ、本当?」
気付けば奴は必死に走らせていた手を止めて私を見ていた。信じられない、とでも言いたげに眉間に皺を寄せて。
「何よ、本当よ。悪い?」
問うてみると、いやと首を振って見せた。一体何だと言うのだ。何か文句あるの、と詰め寄ると奴は困ったように笑って見せてから
「お前のその髪の毛羊みたいで可愛いと思ってたから勿体ないな、って」
ボッと顔に熱が集まった。予想だにしなかった返答に言葉を紡げずたじろいでしまう。
小さい頃からこの髪の毛は皆に指差して笑われるだけで、褒められたことなんてろくになかった。
それが指差して笑ってた奴らの一人に褒められるだなんて。ましてや、可愛いだなんて口にされた。
対処法もわからず黙って自分の席に座ると、ありがとうという声がして私の数学のノートが差し出されていた。恥ずかしくて奴の顔は一瞬しか見れなかったが、その顔を見て更に頬の熱が上昇した。
その後三日間に渡りこの髪の毛の行方に悩み、結果私の眼の下には濃い隈が出来るのだった。
(不眠症のひつじさん)