コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 嘘に包まれた、さよなら ( No.13 )
- 日時: 2010/08/10 17:31
- 名前: あさ子 ◆D2yUo.n7Ls (ID: ZZ5Hb1Lx)
好き、と俺が言う。くたばれ、と彼女が返す。
帰り道で一人歩く彼女の手首を掴まえての計三十六回となるこのやり取りも、やはり今迄となんら変わらぬ彼女の言葉で始まった。
夕日によってその陶器の人形のような端正な顔には影ができていた。痛い、と訴えつつ歪めた表情に更に濃い影が刻まれる。ごめん、とすぐに力を緩めると手をはたかれた上に踵を返された。
彼女のよく手入れされた漆黒のセミロングの髪が光を反射して栗色になっているのを眺めながら、俺もその後をついて歩く。
「なぁ、詩織の髪って綺麗だよな」
「名前を呼ばないで、後をついて歩かないで。気持ち悪すぎて吐きそう」
嫌悪を含んだ声色で拒絶された。自分の存在全てを否定された気分だ。
だけど、詩織と俺の影がコンクリートの壁に伸びるのを見ると嬉しかった。嗚呼、今俺は詩織と歩いてる。そう思って懲りずに声をかける。
「幼馴染なんだし、帰り道が一緒なのは仕方ないだろ」
「やめてよ。こんな気持ちの悪い幼馴染なんて私にはいないわよ」
意地悪い言葉を浴びせられる。
傷ついていない、とは無論言えるはずがない言葉だ。まるで鈍器で殴りつけられたくらい、それくらい心が痛む。
詩織の家と俺の家は隣接しており、所謂幼馴染という関係だ。よく互いの家を行き来しては遊んでいた。夏場になると近くの川へ行ったり。
いつでも一緒、そんな言葉を具現化したように俺達はとても仲が良かった。
気付けば、この時からずっと俺は詩織を好きなのだろう。根本的な理由はわからないが、とにかく。
しかし、中学校に上がる頃だったと思う。
詩織は俺を疎むようになった。
話しかけても何も聞こえていないように目線を反らし、無視する。突然の変化に最初は戸惑いを覚えた。
だが、幼馴染という縁だけは切れないので町内でのイベント等では必ず会話しなくてはなれなかった。その時だけは昔に戻れたようで至福だった。
そして、高校に上がる。
この地区には私立は三校程あるのに対し、公立高校というものが一校しかない。その為、家庭内の経済という壁があるものは、私立に行けない。だから基本一般家庭からの進学希望者はその高校一本しか選択肢がないのだ。俺も詩織も私立とは程遠い生活を送っていたために進学希望者ながら、その高校へ入学した。
詩織は高校に入って更に拍車がかかった。下卑たものを見るような目で俺を見るようになり、影ではあり得もしない俺の悪い噂を流した。
おかげで現在俺には友人という者はいない。常に教室の隅でぽつりと佇んでいる。それを見て周りの奴は後ろ指を指してきた。
別にそんなのは気にしない。一言も会話をすることはなかったが、俺は詩織を見ることができるだけで学校に居ることができた。何をされても俺の恋心は揺れなかった。陰険なことをされても、拒絶されても。会話ができなくても。
だけど、そんな詩織と唯一会話できる一つの言葉を見つけた。
“好き”という言葉だ。
初めて詩織に告げたのは高校に入っての初めての夏頃だった。珍しく、驚いていた。硝子のように整った形の良い瞳が見開いていた。その表情から出た言葉は、
“くたばれ”
今では聞きなれた言葉だった。
/一話目終了