コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 嘘に包まれた、さよなら ( No.38 )
- 日時: 2010/08/12 20:54
- 名前: あさ子 ◆D2yUo.n7Ls (ID: ZZ5Hb1Lx)
詩織の瞳から溢れる涙は白い彼女の肌を伝い、顎にかけて一筋のラインを引いていった。次々と絶え間なく流れる涙にそれは消されていった。彼女は絶え間なく流れる涙など気にかけるそぶりもなく、ただ俺を見据えていた。強く、強く唇を噛みしめて。
ふと思い出す。まだ俺達が仲の良い頃、ひとつ小さな秘密を詩織から告げられたことを。
彼女は悔しい時に唇を噛みしめる癖があった。ごちゃごちゃと浮かぶ罵倒や文句が入り混じって、それは言葉にできない程の量で。結局相手に何を伝えることもできずに彼女はその思いを飲み込んでしまうのだ。苦々しく笑った小さな詩織が俺の脳内で言った。
「……もう、止めてよ」
今にも周りの雑音にかき消されそうなほどの声だった。
俺は詩織が何を言っているのか意味がわからなかった。彼女が泣く理由も、俺に何を伝えようとしているのかも。全くもって見当がつかなかった。
車の通り過ぎる音。近所のおばさんの会話。小さな子供達の笑う声。それらの中で唯一俺達に沈黙が流れていた。
ひたすら、その中で考えた。まるで射抜かれるような視線を浴びながら、頭の中を駆け巡った。自慢ではないが俺は記憶力が良い方だ。だから詩織を傷つけた行為くらい覚えているはずだ。
———しかし何処にも彼女の涙に繋がる記憶は見当たらなかった。目の前の彼女は未だに涙を流している。アスファルトにぽたりぽたり、と小さな染みが点々とできていた。それでも彼女は俺を静かに見つめている。
逃げるように俯いた。もう限界だった。続く沈黙の中でただ訴えかけるような視線を受けて。その意味もわからないから目も合わせられない。
「……何よ。意味が、わからないの?」
嗚咽まじりで途切れ途切れに言われた。小さく俺の心に突き刺さる。その声は、この問題も解けないの、と呆れられているようで。
ああ、そうだよ。わからなすぎてこっちが泣きたいくらいだとも。君がそんなに泣きながら俺に伝えようとしていることが全くもってわからないよ。ただただ俺は困惑するだけで黙りこくって濡れたアスファルトを見つめていた。
「だから、あんたは、最低なのよ!」
空気を切り裂くような声がしたと思ったら乾いた音が周りに響くのが耳に入った。次にはこめかみに激痛が走る。ぐわん、と視界が大きく揺れた。一瞬、何が起こったのかわからなかった。
おばさん達の会話や子供達の笑う声も気付けば止んでいて、車の音だけが続いていた。その音が段々と俺に冷静さを与えていき、ああ、ぶたれたんだなと気付いた。
視線を上にやると彼女の瞳には怒りが宿り、歪んだ表情をしていた。その姿は何故だかひどく脆く見えて、手が届くなりそうだと思った。
本当に理由がわからなかったが、気付いたら彼女を抱きしめていた。細い体を胸に押し込める。小さくひゅ、と息を飲んだ音がした。
「詩織、好きだ」
何を思ったのか、いつも会話のきっかけとなるその言葉を口にする。女の子が泣く、という状況にあったことのない俺は何をすればいいのかわからなかった。彼女を抱きしめて、俺は何を言っているのだろうか。安心させる言葉をかけるつもりだったのに。
しかしその言葉が逆に詩織の気持ちを逆なでしたようで。
「いい加減にしなさいよ!」
強く跳ね返された。思わず地面に尻もちをつく。
「好き、好き、好きって会う度に言って……。馬鹿よ、あんた。意味もわからなくなったの? ……軽々しく口にしないでよ」
それだけ言って詩織はその場から駆け足で去って行った。呼び止めることもできず、立つこともできない俺を残して。
彼女の残していった言葉が脳内に反響し続ける。全て、本当だと思う。
俺が何故最初に詩織に好きだ、と告げたか。彼女に惹かれていたからだ。ただその思いを伝える為の言葉だったのに。
彼女が反応するのを見て俺の中の好きという言葉の意味は段々歪みに歪み。ついにはただの挨拶となっていた。あまりに普通の言葉になっていた。特別な言葉の筈なのに。
残されたアスファルトにできた染みをぼんやりと見つめながら、俺の頬に伝うそれも同じく染みを残していった。
翌日から俺に後ろ指を指すものはいなくなった。
/三話目終了
あるぇー^p^
まさかの予想を反する三話超えです。
こじれにこじれて気付いたら長々と続いているw下手したら五話とかいくかもしれないんだぜ!←