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Re: ☆星の子☆     最新話うp! ( No.553 )
日時: 2014/01/04 19:40
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: nEqByxTs)
参照: 最新話107話の前にお読み下さい。

番外編「少年と少女と約束」


(——「キラさんは、バレンタインデーという行事をご存知ですか?」——)

 全てはこのピアの一言から始まった。そのため私は丸一日もかけてお菓子を作り、今こうして人気(ひとけ)の無い応接間で、ある人物を待っている。
 掌で大切に包み込んだピンクの包装紙から香る甘い匂いを嗅いで、私は一人虚しく溜息をついた。少しの緊張と、それ以上の気恥ずかしさが胸の中で疼く。
 ……やっぱり帰ろうかな。
 夜になるとよくここで彼が読書をする事は知っていた。何度かその姿を見かけたことがあったからだ。しかし必ずしも彼が今日ここへ来るとは限らないし、“バレンタイン”という話を耳にしてお菓子を作ってみたのも、私の単なる気まぐれなのだ。

「そう、単なる気まぐれよ……。」

 そう呟いて大きく欠伸をする。時計を見ると既に12時を過ぎていた。
 もう帰ろう。
 諦めて柔らかいソファから腰を上げた、その時。不意に扉の開く音がして私に声がかかった。

「——おや、先客ですか。」
「ハ、ハク……!」

 心臓が跳ね上がる。

「隣に座っても?」

 温和な笑みを浮かべた彼がそう聞いたので、私は動揺しながらも必死に頷いた。そして自分自身も少し端の方に寄って再び腰を下ろす。
 ち、近い……!
 すぐ隣にハクの手が、顔が、体がある。そう考えるだけで自分の顔が、真っ赤な林檎のように火照ったのが分かった。
 そんな私の気は知らずに、ハクが不思議そうに首を傾げる。

「しかし珍しいですね、何故キラがここに? それに先程から気になっていたのですが、この甘い匂いは……?」
「あっ、そうだった!」

 緊張の余り当初の目的を忘れかけていた。
 私はハクの方に向き直ってピンクの小包をおずおずと差し出す。

「あ、あのね、地球では二月に“バレンタインデー”っていう日があって、自分の好きな——じゃなくて、自分が日頃感謝している人に、お菓子を渡すの!
 それピアから聞いて、もう五月になっちゃうけどお菓子作りするのも良いかな、って……。」
「それでこれを僕に?」
「う、うん……。一番失敗が無いっていうクッキーを作ったんだけど、何故だか上手く焼けなくて。それ、六回目なの。まだちょっと焦げているけど……。」

 無意識のうちに早口になり、余計な事まで喋ってしまった。
 そんな私からクッキーを受け取ったハクは優しく微笑む。

「ありがとうございます。丁度糖分を取りたかったのですよ。」

 そう言って慣れた手つきでリボンを解いた。香ばしい香りと共に、褐色の良い焼き菓子が現れる。
 その一つをつまむと、ハクは何の躊躇いも無く口へ放り込んだ。私は彼がそれを黙々と咀嚼する姿を、緊張の面持ちでじっと見つめる。
 ——やっぱりまだクッキー黒かったような……味見したときは美味しかったけどハクの舌に合わなかったらどうしよう……。
 そんな思考の輪廻から逃げ出せずに頭を悩ませていると、突然ハクが手を止めた。

「ご馳走様でした。とても美味しかったです。」
「本当!? 良かったぁ……ってもう食べちゃったの?」
「えぇ、お腹が空いていたので。また作ってください。」
「うん!」

 私は破顔した。と同時に心の中でほっと胸を撫で下ろす。
 気に入ってくれたみたい。また作ってあげようっと。
 先程のハクの言葉を思い出すと、自然と笑みが零れる。が、彼に気付かれないよう必死に噛み殺した。

「……」
「……」

 沈黙が続く。
 ハクは別に気にならないようだが、私の方は何か会話を続けないと色々な意味で心臓が破裂しそうだ。
 何か話題を……。そう考えていると、ハクの持っている本が目に付いた。

「それ……何の本? よくここで読んでいるわよね。」
「あぁ、勉強ですよ。」

 言いながらさりげなく本の表紙を隠すのが見えた。

「勉強? もしかして、学校へ行きたいの?」
「…………逆にキラは、学校へ通いたいと思ったことはありますか? 例えば、あの有名な『銀河の学校』とか。」
「うーん……」

 聞き返されたので、私は困って首を捻る。少なくともそんな感情を抱いた記憶は、あまり無かった。
 その代わりに幼い頃の事を思い出し、辛くなる。
 その微妙な表情の起伏を感じ取ったハクが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「……どうしました?」
「あ……ううん。ちょっと小さかった頃思い出して。」
「キラの幼い頃、ですか。」

 ハクが少し興味を持ったようだ。
 ——困ったなぁ。
 私は苦笑する。本当は誰にも言わないつもりだったんだけどハクなら良いかなぁ……。
 「ちょっと長くなるけど」と前置きをして、ハクが頷いたのを確認すると私はぽつりぽつりと語り始めた。