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男性Yの異世界譚 2-5 ( No.12 )
日時: 2010/07/28 22:16
名前: 村人A ◆UcTzrn55Fk (ID: VppVA6tq)

男性Yの異世界譚 2-5


 走る。走る。なんのためにかって? アイツから逃げるために決まってるじゃないか。
 あれから自分の全力をもって走ってきた。たぶん、ここまで本気で走るのは人生で初めてだろう。といっても全然早くもなく、早歩き程度の早さだけど。
 距離を歩くごと、次第に視界がぼやけてきて、胸の痛みも今は感じなくなってきている。足もだんだんと錘を追加していくかのように重くなっていき、そろそろ、限界がきたのかもしれない。

——あの子は大丈夫かな?

 ふと、先ほどの彼女のことが気になった。ちゃんと逃げているだろうか? ちゃんと逃げてくれなきゃ僕が命を張ったことが無駄になってしまう。


「っ……」


 マジでやばい。視界がグラグラしてる。てか、自分自身、よくまだ生きていられると思うよ。これじゃ先輩に「お前はゴキブリ並に生命力が強そうだ」って言われるわけだ。


「大丈夫ですかっ!?」


ああ、彼女の幻聴が聞こえる。これは、もうゴールしていいってことか? あ、そう思ったら急に眠く——


「幻聴じゃありませんよ! しっかりしてください!」


「って、え? 幻聴じゃない?」


「はい! 幻聴じゃありません!」


 ぼやけていた視界が少しだけクリアになると、さっき逃げたはずの彼女が心配な面持ちで僕を見ている姿がそこにあった。


「……おやすみなさい」


「きゃーー! 寝ないで下さい! 寝たら死んじゃいますよ!」


 閉ざそうとしていた瞼をグイッと強引に開けられる。


「なに?」


「なに? じゃありませんよ!」


「今、とても眠いんだ。もう、疲れちゃったよパトラッシュ……」


「だから寝ちゃ駄目ですって! ってパトラッシュって何ですか!!」


 むむ。この子、こんなにツッコミを入れる子だったっけか? お母さんはそんな子に育てた覚えはありません!


「あなたには助けられましたけど育てられた覚えはありませんよ!」


 はぁ、まったくこの子は……。って、さっきから心の声が彼女に読まれているのだけど……。


「ぜ、全部声に出てましたよ」


「…………ぽっ」


「なんで頬を染めるんですかっ」


「で、な、なんで君がここにいるの? 逃げたはずじゃ?」


 そうだ、確かに彼女は逃げていった。本来なら僕よりも遠くへ逃げているはずで、ここにいるのはあきらかにおかしい。


「あなたを助けに来たんです!」


「…………はっ?」


「今度は私があなたを助ける番です!」


 彼女は胸の前で握り拳を作り、笑みを浮かべた。


「え、えっと、じゃ、何か策を考えているの? それとも何かアイツを倒せるようなものを……」


「いえ、何も持ってきていませんし、考えてもいませんよ」


「即答!? てか何もないのにそんな自信満々に言わないでよ!」


 やばい。大声出したらまた傷口が痛み出した。僕は胸の傷口を手で押さえ、重くなった足を必死に動かし前へと進む。
まだ間に合うかもしれない。今はできるだけアイツから遠いところへ逃げなければいけないのだ。僕の血痕の跡を追って、アイツがまた襲ってくる可能性だって高い。


「今ならまだ間に合う。大丈夫。僕も止まるきないから、君は先を行って——「もう……遅いです」
ッ!」


 震えた声を出して一点を見つめる彼女に、僕も同じように彼女が見ている方向へと目を向けると、そこには顔中黄色い液体を塗りたくり、眼を血まよらせ、鼻息を荒くさせた『アイツ』がいた。