コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: Random every day!! ( No.25 )
日時: 2010/08/20 11:14
名前: 勿忘草 (ID: TtH9.zpr)



002 ごめんなさいって、言わなきゃ駄目?




「よくも、やってくれたな。 お前」

突き刺さるような、彼の視線。
凍り付くような、その言葉。

「え、えと、」

先程までの勢いは何処へやら。
郁奈はすっかり、いつもの郁奈に戻っている。
不良とは到底関わりなく、まして注意をするなど以ての外な、ただの普通中学生の郁奈に。


「今日は委員会決めるぞ、3校時目に」


そんな2人の険悪な雰囲気はお構いなしに、森川の話は進む。
所々、お調子者がツッコミを入れてみたり茶化してみたし、いつも通りの教室。
郁奈の隣を除いては。
全て、いつも通りなのに。

「下らねぇ、巫山戯んな。 なんで俺がこんなトコロで座ってなきゃなんねぇんだ」
「それはさ、中学生なんだしさ、普通のこと、なんじゃないかなぁ・・・・・・」
「あ゛?!」
「否、えと、」

小さなツッコミも、その眼力を前にしてはなんの力も持たないらしい。
郁奈はしゅん、と顔を成夏から背けた。




——やばいやばいやばい、もうこれ暗殺どころじゃないかもしれない。



——埋められる。 殺された後、どっかの山奥に埋められる!!!



心中で白骨化した自分を想像する。

新聞の見出しに、大きく【山奥で白骨化死体発見!!】とか出て。
“およそ30年前に行方不明となった越智郁奈さん(当時14歳)の遺体だと思われる”・・・・・・とか、書かれて。
家族も親戚も、友達も、皆テレビのインタビューとか受けて。
犯人で在る、隣の席の男は「そんなヤツもいましたね」、とか知らんふりして。
事件は迷宮入り・・・・・・。


——いやいやいや!! おかしい、それはない、ないと思いたい、ナイナイ無い!!




誰かが、この時の郁奈を観察していたなら、さぞ可笑しかっただろう。
百面相、とは正にこのこと。

「はーい、それじゃぁHMを終わりまーす」

森川の気の抜けた声で、郁奈の意識は現実へ戻される。
決して、埋められることはないだろうが、確実に怒りを買ってしまった現実へ。

「きおつけー、礼!」

学級委員長代理、の豊田が号令を掛け、朝のHMが終了する。
ふー、と郁奈は安堵のため息。




「おい」




訂正。
不安のため息。

「は、はい」
「ちょっと来い、お前」
「え、何で」
「ナンデ、だと? 何でもいいだろーが、さっさとしろ、」
「ぇぇぇええええぇ?!」

朝とは全く逆の状況が起こっていることに、郁奈は気がつく。
今度は郁奈の手首を、成夏が強引に掴み、引っ張る。
行き先は何処か、なんて、恐ろしくて聞けない。


「なになに、」「越智さんが連れて行かれた」「誰に、」
「福田」
「嘘、福田?!」「何で越智?」
「郁奈はそーゆータイプじゃない筈」「分かんないぜ?」「案外・・・・・・」
「じゃ、何したんだよ、越智」「知らね」


そんな、クラスメイトのざわめきが遠くで聞こえる。

——おおぉい!! 助けろよ、誰か、助けろぉぉぉ!!

郁奈のココロの叫びは、やはり外へ聞こえる筈もなく、ズルズルと郁奈は教室の外へ。
大人しくて真面目だけどさほど地味ではない、という印象の郁奈と、不良福田。
異色のコンビは、人通りの少ない北館の音楽室前へ。


「おい、」


壁に背中を付け、肩を竦めて立っている郁奈。
成夏は目の前。

「な、なに」
「俺に何か言うことはねぇか」
「は?」

郁奈は、今日初めてのきょとん、とした顔。

「何かねぇか、つってんだよ」
「え、特に」

何、なんだ。
言うこと、コイツに、福田に、言うこと・・・・・・



———ないよ?



「特に、ない、けど」



ガンッ



福田の拳が、郁奈の頭の隣に叩き付けられる。
下手をすれば、壁に穴が開くいきおいで。

「?!」
「謝罪」
「?」

謝罪、の意味が解らなかった訳ではない。
何故謝罪なのか、が解らなかったのだ。

「は?」
「俺を面倒な、学校に入れた罪だ」
「はぁ?!」

そんな罪、在ってたまるか。
つまり、成夏は謝れ、と言っているのだ。
ごめんなさいは、と言っているのだ。
サボりを邪魔した郁奈に、ごめんなさい、を求めているのだ。
郁奈は呆れ3分の1、脅え3分の1、そして、怒り3分の2。
あれ、オーバーしちゃった??





「へぇ、」





刹那。
彼女の左手は、成夏の頬にぶつかる。
否、郁奈はぶつけたのだ。
平手打ちを、喰らわせたのだ。
彼女が1番、苦手で嫌いで厄介で、恐れている人物に。

「?!」

今度は、成夏がきょとん。
さほど痛くはないが、明らかに衝撃が右頬に走る。
何が起こったのか理解する間もなく、郁奈が口を開いた。

「よくも、ぬけぬけとそんなこと言えるね」
「あ?」

成夏も、隙あらばやり返そうと考えたが、郁奈はそれを与えない。

「感謝、して欲しいくらいなのに」
「何だと?」
「だってそうじゃない、中3の4月に、完全に脱線している彼方を、私は戻そうとしてるんだから」

成夏は完全に不機嫌な顔。
郁奈はようやく、自分の性格を理解し始める。



——あぁ、私。





——怒ると、別人みたくなるんだ。





「余計なお世話、だ」

そんなことは、言われなくとも理解している。

「そうよ、ただのお節介。 先生の」
「?」
「私は頼まれたの、森川先生に。 だから、アンタを戻す」
「ハッ、優等生ぶってんのか? テメぇ」

郁奈は鼻で笑う。

「んな訳、ないじゃん。 断れなかったから、してるだけ」
「それが優等生、ってもんだろーが」
「優等生が、撃ったりするかな」

成夏は舌打ち。
そして、

「良いだろう」

不気味に不敵に、嗤う。



「受けて立ってやる。 ゼッテー、俺は戻らねぇし、変わらねぇ」



なんだか、妙な展開だ。
郁奈は心中でそう思いながら、クスリ、と笑みを溢す。

「覚悟、しなよ」


自分は——、この妙な展開を楽しんでいる。


「お前如きに、俺は揺れねぇ」

成夏の姿は、窓の外に消えた。
飛び降りたのだ、2階の窓から。
裏庭に。

「言った・・・・・・」

どれくらいの間、彼女はそこに座っていただろう。
たぶん、ただの1分ほどだ。
次の授業に遅れては、成夏に示しが付かない。
だが、その1分は、凄く長く感じられた。

「なんてことに、なったんだろ・・・・・・」

中学3年生。
この、中学生活で最も重要な年を——、“余計なこと”で終わらせなければならなくなった。

「私、なんて性格してんだろ」

自虐的に、呟く。



「しょーがない、のかなぁ」



郁奈はそれだけ呟き、立ち上がりそのまま歩き出した。
廊下を曲がったその角で、何人ものクラスメイトに盗み聞きされていたことに気がつくのは、もう少し先。
そして、英雄とたたえられるのも、もう少し先の話。