コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第3話『我ら、麗牙光陰——』(10) ( No.108 )
- 日時: 2010/09/01 13:17
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: 7hab4OUo)
その日は小松家の大豪邸で夜を明かした。
結局盗られてしまったのだからと遠慮する私達3人を、小松家の人々が強い押しで招き入れてくれたのである。
どうやら他の場所に待機していた警備員たちは、ほとんどが例の暗やみの中身動きが取れず、明かりのついていた地下にいた人たちも相手の妙な能力に翻弄され何の役にも立たなかったそうだ。それに比べれば私達は本当によく奮闘してくれた、とそう言うのである。私はちょっと後ろめたい気持ちにもなったのだが、彼らと押し問答しているうちに、ついに躊躇いや遠慮よりも好奇心の方が勝ってしまった。
というわけで、私と恵玲は今、思わず小学生みたいに飛び跳ねてしまいそうな、ふっかふかの真っ白なベッドに横たわっている。レースがふんだんに使われているこのベッドに寝転がっていると、自分がまるで宮廷のお姫様になったみたいで体がムズムズする。
「ふっかふかですー!」
私は我慢しきれずに、“小学生みたいな”行動をとってしまった。
「バカじゃないの?」と言うような軽蔑の視線が突き刺さり、私は大人しく布団を掛け直す。枕に顔をうずめ、そのままこもった声で恵玲に話しかけた。
「E・Cの人達、魔法使いみたいでしたねー」
突然、恵玲が吹き出した。私は本気で驚いて体ごと彼女を振り返る。
「え、な、なんですか!?」
「魔法使いって……そんな……っ、そんなんいるわけないじゃん……!!」
どうやら相当的外れな発言だったらしく、彼女は声を上げて笑い布団の上を転がり回っている。私と2人でいる時にこんなに爆笑するだなんて珍しい。
それにしてもそんなに変なことを言っただろうかと首をかしげていると、恵玲はようやく元の位置に戻って比較的明るい声で言った。
「でも、その魔法使いとまともにやり合えちゃう風也くんもすごいよね」
「……確かに」
ウィルとやり合った時の彼の動きは尋常じゃなかった。少なくとも、私の目では何が起こっているのか把握しきれなかったくらいだ。彼が有名な不良だということを久し振りに再確認した光景だった。
ちなみに彼は今、隣室で1人で眠っているはずである。
私は彼がいる部屋を壁越しに見つめ、それからずっと気になっていたことを口にした。
「恵玲……いつから“風也くん”って名前で呼んでるんですか?」
頬をのせた枕を両手で抱いて話しているため、変にくぐもった震えた声になってしまった。拗ねているみたいで、ちょっと悔しい。
「いつって……最初からだけど」
そう言って恵玲は、くるっと私の方に体を向ける。
「あんたも呼べばいいのに。何も文句言われなかったよ?」
「う〜…」
「何うなってんの」
呆れたような声音。
私は頭の中で何度も彼女の台詞をリピートし、そうしているうちにいつの間にか眠りに落ちていった……。
亜弓がすーすーと寝息を立て始めると、恵玲は慎重に布団をはがして音をたてないようにベッドを下りた。爪先からゆっくり足を下ろして、そのままベランダへと向かう。
先程と同じ大きな両開きの窓を押すようにして開けると、冷たい夜風が部屋に吹き込んでくる。さっきよりはだいぶ収まったが、それでもあまり当たりすぎると風邪をひきそうだ。恵玲はゆっくりと窓を閉め、自分は冷たい空気にさらされてじっと夜空に浮かぶ淡い月を見つめていた。
脳裏に2人の男の子の姿が浮かぶ。
頬がじんわりと熱くなって、彼女は両手の指先をそっと当てた。
「ウィルくんも白波くんも、ほんっとにかっこよかったなぁ〜」
彼らの姿は全て、この瞳に焼き付けてある。
今回のことで彼らを困らせてしまったのは間違いないが、それでも恵玲は満足だった。でもやっぱり嫌われるのは嫌なので、こんな真似は二度としないと月に誓う。
そして彼女は、ふと隣の部屋のベランダに意識を向けた。
いつの間にか、紫苑風也が姿を現していた。
「正直期待以上だったよ、風也くん」
視線は前へと向けたまま、恵玲は可愛らしい声でそう言った。その声は闇の中で不気味に浮いている。
「お前はなんで手ぇ出さなかったんだよ。……人質にまでなりやがって」
風也の声に苛立ちが見える。おそらくその感情は、彼女に対してだけではない。
恵玲はチラッと彼を見てからかうように言った。
「人質になったのはマジで不本意だけど、風也くんの力確かめたかったのぉ〜。あたしが手ぇ出しちゃつまんないでしょ?」
「嘘つけ」
吐き捨てるような声だった。
しかし恵玲はそれ以上は言わず、体を反転して部屋に向かう。
「——おい」
「風邪、ひかないようにね〜」
ひらひらと右手を振って、恵玲は部屋へと戻っていった。
再び静かに窓を閉め、彼女は亜弓に目を向ける。……どうやらぐっすり眠っているようだ。
それを確かめ自分もベッドに戻ろうとすると、聞き取りにくい小さな声が耳に入った。
「……っと……」
「——え?」
少し驚いて熟睡している亜弓を振り返る。
「……こんど…は、やくに…たち……——」
す…っと自分が真顔になっていくことに、恵玲は気付かない。
「……ごめん、亜弓」
気が付くと、そんな言葉が口をついて出ていた……。