コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第4話『あなたのために……』(1) ( No.112 )
- 日時: 2010/10/27 19:42
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: bFAhhtl4)
駅を出ると、まず円形の大きな広場が視界に飛び込んでくる。ここではたいてい小・中学生がサッカーやらバスケやらドッチボールやらをして大騒ぎになるのだが、さすがにこの時間は誰の姿も見えない。白い野良猫が1匹悠々と歩いているのみである。
そしてその広場を囲むようにして、背の低い建物がずら〜っと並んでいた。しかしほとんどの建物は廃屋に近い状況になっており、正面の1番大柄な建物なんか一面に赤いスプレーで落書きがされている。2年前までここにいた、“噂通り”の不良共が残して行った過去の薄汚れた染みだった。通りを挟んでその建物の右側にあるのが、この広場では唯一綺麗に手入れされ現在も営業中のファミレスである。この地域にはレストランはこの1軒のみであるため、きっと大いに儲けているのだろう。
もっと別の所を回ればまだ生きている喫茶店や酒屋などの小さな店もあるのだが、その辺はまた別の機会に紹介しよう。
風也は広場を斜め右手に突っ切っていく。そして広場の端まで行くと、東西に延びるあのガラの悪い建物の並びの通りに来るのだが、彼はそれと直角方向に延びる小道を進んでいった。そこを1つ目の角で右に曲がり、直進して再び左手の角を曲がってそこの広い通りを抜けると、正面に目的地が見えるのだが、少し進んだところで彼は見慣れた顔と出くわした。
「ちぃーっす」
適当な挨拶で右手を軽く上げてくる。
「よぉ」
あちらに負けないくらい雑な返事を返し、風也はそこで足を止めた。
——月上有衣。
とにかく第一印象のインパクトがものすごい美女だった。
神様に贔屓されたのではと思ってしまうほどのスタイル。いつも通り胸元が大胆に開いた服装で、下はすらりとした長い脚がむき出しのショートパンツ。彼女は自分を“魅せる”ファッションをよく心得ている。そして、かかとの高いブーツの分を差し引いても、女性にしては高めの背丈。特別背の高くない風也としては、そういう背をプラスしてしまうようなものは控えてほしいと内心思っている。
そして、整った小顔を大きくウェーブした背中までの茶髪が包み込む。その質の良い髪はややピンク寄りの色で、金のメッシュが入っていた。気の強そうなぱっちり二重の目には、濃いメイクが施されている。
聞いた話だと、彼女は以前からモデルやグラビアアイドルのスカウトを度々受けているらしい。今のところ全て断っているようだが。
黙っていればそれはもう風也ですら見惚れるほどの容姿だというのに、彼女は完全に期待を裏切る姿を見せてくれた。
「おっ前昨日どこ行ってたんだよ! 皆でカラオケ行こーぜって言ってたじゃねぇか!」
大口を開けて荒々しい口調でそう言う。顔を見ると本気で怒っているわけではなさそうだ。
風也は彼女の言葉を聞いて、しまったという風な顔をした。
「やっべ、そうだ。完全に忘れてた」
「メールもしたのに返さねぇしよ」
「携帯昨日の夜から開いてねぇ」
これは彼としても珍しい事実だった。メールが来ていないかを確かめるのは日課となっているからだ。
有衣も目を丸くして風也を見ている。
「へぇー、めっずらし。まぁ全然いいんだけどよ」
「ユウ、こんな時間にどこか行くのか? サークルとかにしちゃ時間早くね?」
「弟が家に来てくれって」
風也は目を見開く。
面倒くさそうな表情で髪をくしゃくしゃとかき回す有衣。
“家に帰る”と言うことは、彼女にとってはちょっとした大事だ。
有衣はこう見えて、歴史的な名家のお嬢様なのだ。家の規模で言えば小松家など優に越えてしまうだろう。幼い頃から厳重な英才教育で育てられてきたため、勉学に関しては下橋でだんとつのトップである。実際彼女は、かなりのトップクラスの大学に通っている。
そんな彼女はある年齢に達した頃に自我が目覚め、窮屈なお嬢様生活を脱出し、下橋にやってきた。その際に両親と大喧嘩をしてきてしまったため、家に帰るのは正直嫌なのだ。以前風也が、長女である彼女がいなくて家は大丈夫なのか、と尋ねたところ、「弟生まれたから大丈〜夫! 全っ然問題ない!」と割合あっさりと返されてしまった。
その弟が、今日の朝家に帰って来てくれと電話をしてきたのだそうだ。ちょっと相談事があるだけだから、と。
「きっと学校のことだ。アタシも周りの奴ウザすぎて苦労したからな〜。今になって弟に押し付けちゃったこと申し訳なくなってきたし」
「やっぱ金持ちが集まるとこなんだろ?」
風也の質問に、有衣は真面目な表情で頷く。その表情を見て、やはり彼女は一言で不良と言うには何かが違う、と風也は思う。
それからすぐに、彼女はいつものすがすがしいほどに堂々とした明るい表情に戻り、
「じゃ、アタシは行くぜ」
ポンッと彼の肩を叩いて、駅へと向かっていった。
「がんばれよー」
風也も彼女の後ろ姿にゆる〜く手を振って、再び歩き出す。
目的地は“緋桜”のたまり場。たまり場と言っても、名前通りただ集まって地べたやらドラム缶やらに座り世間に悪態をつくだけの場所だったのは、つい2年前までの話。今ではこの場所の趣向が変わったのに加え、有衣と言う資金提供者のお陰で、まともな建物でまともな生活ができるようになっている。
——……やっぱりココがいいな
慣れた空気。
慣れた光景。
風也は前向きな足取りで、自分の“家”へと歩いて行った。