コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第4話『あなたのために……』(2) ( No.121 )
- 日時: 2010/09/03 18:47
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: vDb5uiaj)
とりあえずパンをかじって朝食を済ませた恵玲と白波は、すぐに2階の会議室に向かった。階段を上って正面が会議室。廊下を右に曲がって右手に白波の、左手にウィルの部屋がある。しかし白波の部屋はあまり使われていないため、他のメンバーが勝手に借りていたりもする。
一応ノックをしてから扉を開くと、待機していたウィルと水希が同時にこちらを振り返った。頬に傷の手当てを施したウィルは本棚にずらっと並ぶ背表紙を眺め、ソファに腰かけた水希はリンゴジュースを行儀よく飲んでいるところだった。
まだ中学1年生というE・C最年少の棚妙水希は、他のメンバーから妹のように可愛がられている。外見としては同年代の子の中では標準サイズ。淡色のワンピースを好んで着ており丈は長めのものが多い。そして肩までのツインテールは彼女のトレードマークだ。
そんな彼女は2人が入ってくると嬉しそうに立ち上がって、
「2人の分もお茶つぐね。あ、恵玲姉ちゃん、ジュースとどっちがいい?」
と部屋に取り付けてある小さな棚から、コップを2つ取り出した。ジュースがいいと恵玲が言うと、「はーい!」と快く返事をする。まるでよくできた妹を持った気分だ。
そこでウィルが、水希の隣に座りながら言った。
「そろったね。とりあえず座って」
表情や声色はいつも通りのように見える。それなのにぴんと張り詰めた空気を感じているのは自分だけだろうか。恵玲は無意識に周りを見回している。
2人は言われた通り、ウィルらの向かい側のソファに座った。2つのソファの真ん中には背の低いテーブルが置いてある。校長室や応接室を連想してしまう部屋だ。
水希が2人の前にコップを置き、元の位置に戻る。
「ありがとぉ」
「いえいえ」
彼女がソファに腰かけると、ウィルはついっと軽く身を乗り出して言った。
「今日の任務はお疲れ様」
彼の台詞に微笑みで返したのは水希のみ。隣の白波は無表情にウィルを見ていたし、無論恵玲がそんな余裕の表情を浮かべられるはずがない。今の自分の顔が絶対にひきつっている自信がある。
皆の顔を見回して、ウィルはよりによって恵玲の所でそれを止めた。さすがに呆れたような表情で、彼は唐突に、しかし穏やかな声で言った。
「恵玲、何か言うことは?」
ハッとして目を上げる恵玲。
頭の中をぐるぐると色々な言葉が回ったが、結局飛び出したのはあまりにも単純で率直な一言だった。
「ご、ごめんなさい…!!」
そのままペコッと頭を下げる。
白波がそれをチラッと見て、すぐに視線を前に戻す。
「…いいよね?」
ウィルが白波と水希に尋ねた。恵玲が気になって半端に顔を上げると、その視線の先で2人が頷くのが見えた。じんわりと胸が熱くなる。
顔を上げて、と言われて恐る恐る正面のウィルの顔を見ると、
「今回は許すけど、絶対二度とやっちゃダメだよ。ぼくら本気でびっくりしたんだから。あ、あと人質にしたことは謝らないからね」
彼はにこっと笑ってそう言った。
目の奥を熱くしながら大きく頷く恵玲。
そして4人にいつも通りの空気が戻り、今回の任務の反省会が始まった。恵玲は一口ジュースを口に含んでからウィルの話を聞く。
「これが終わったらすぐに影晴様に報告に行くけど…。1番問題なのはやっぱりあの2人なんだよね。無茶苦茶強い金髪くんと、友賀さん」
彼が“問題”と言っているのは2人が今回のことを警察に通報するかもしれない、ということだ。E・Cのバックアップのことを知らない一般人の2人は、もしかしたら警察に頼るかもしれない。別に通報されてもすぐにE・Cに関与している上層部が助けてくれるだろうが、やっぱり警察に関わること自体面倒なのだ。だったら姿を隠せと突っ込まれるかもしれないが、そういうコソコソとした行為を嫌う少女がウィルの目の前にいる。
ウィルはまず恵玲に目を向けた。あの2人のことは彼女が1番よく知っているはずだ。
「たぶん…いや、絶対亜弓は大丈夫。あの子警察と関わるの嫌うタイプだし、ウィルくん達のこと悪者として見てなかったもん」
「そっか…。じゃあもう1人の金髪くんは…」
「風也も言わない」
恵玲より先に思わぬ声が入って来て、皆が驚いて白波を見た。彼は長い脚を組んでそっぽを向き、淡々とした口調で続ける。
「言わないと、言っていた。…理由はわからないが」
「白波、その人のことを知って…」
「…紫苑風也。…この間偶然会っただけだ」
ウィルは、あの時彼に銃を突きつけていた白波を思い出していた。その時も今と同じ、やはり無表情に友人に武器を向けていたのだ。…そもそも友人という程の関係ではないのかもしれないが。
—…いや
彼は内心緩くかぶりを振る。
あの白波がフルネームを覚え、その上彼の言葉をある程度信用しているということは、少なくとも他人以上の位置にはいるということだ。紫苑風也という人物を、自分と関係している人として見ている証拠だ。
—…なんでかなぁ…
なぜかウィルは少し泣きそうになった。
以前からの疑問だった。
なぜ彼が、こんなにも“非情”なのか。
「確かに風也くんも、警察には言わなそう」
恵玲がそう言い、チラッと気遣うような視線をウィルに向ける。
「風也くん自体、警察に目ぇ付けられてるかもだし」
「そうだね。…それにしても、あの人強かったなぁー!」
頭の中の疑問を吹き飛ばすように叫ぶ。ついでドサッとソファに頭を持たれかけ、目を閉じる。
水希がそれを見て苦笑を浮かべた。
「ウィル兄ちゃん、アクロバットすごいのにね」
「あの人速すぎだよ。やる暇なかった」
ウィルも乾いた笑いを漏らし、突然勢いをつけて立ち上がった。
「ぼくはそろそろ行くよ。まぁあの2人は大丈夫ってことで」
テーブルの上の紅茶を飲みほして、彼は部屋を出ていく。水希が元気よく手を振る一方、恵玲はある素晴らしいことをひらめいて、華奢な背中に声をかけた。
「ウィルくん!」
「なに?」
「今日デートしよ!」
最近2人で遊びに行っていない!と思い、わくわくした気持ちを前面に出して言う。
しかし振り返った彼はすごく申し訳なさそうな顔をして、
「ごめん、今日は別の任務が入ってるから。ぼくだけで済むやつだけど…」
そう言った。仕方が無いとわかっていながらも落胆を押さえられない恵玲。
すると突然何かを思いついたようにパァッと顔を輝かせたウィルが、心底楽しそうに言ってきたのだ。
「珍しくいることだし…
白波とデートしてきたら!?」
「…へ?」
目を丸くして彼を凝視する恵玲。口がぽかんと開いている。
白波もさすがに虚を突かれたような顔で恵玲を見、2人の間に何とも言えない複雑な空気が流れ始めた…。