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Enjoy Club 第1話『謎の闇組織E・C』(8) ( No.13 )
日時: 2010/09/16 22:04
名前: 友桃 (ID: pQfTCYhF)

 亜弓ら4人が共に帰路についている頃……
 紫苑風也は、突然現れたやたらと視線の熱い少女を前に途方に暮れていた——



 話を戻そう。

 “紫苑風也”といえば、ここらではちょっとばかり有名な人物である。

 “不良のたまり場・下橋のトップ”——

 その噂は2年ほど前から驚異的なスピードで広まっている。唯一救いと言えるのが、彼の容姿について把握している人は、比較的少数だということだ。ちなみにその少数とは、同じ下橋に集まる不良グループのメンバーと、他地域の不良たち、そして彼と同じ小学校に通っていた人達である。つまり、それこそ今のように堂々と桜通りを歩いていても、金髪であることに対して敬遠されるだけで特別な視線は受けないわけだ。

 では、なぜ彼の容姿が知れ渡らないのか……
 おそらくそれは、男性に使うには不適切かもしれないが、紫苑風也という人物がかなりの美人だ、ということがある。

 たいてい噂を流すのは、ライバルグループだ。そして噂の内容は、“悪い”ものが多いのである。これは、不良の間だけにとどまる話ではないだろう。
 何にせよ、彼の容姿についてはそうそう文句をつける点がない。噂として流す悪い情報がないのである。

 今彼は、両手をズボンのポケットに突っ込んで、固く唇を閉じ、どこか不機嫌そうな目つきで歩を進めていた。学校帰りなのか、とりあえず指定の制服を着てはいるが、ワイシャツは胸元まで大胆に開けられ、代わりにシルバーのネックレスが下げられている。学ランも上から羽織っているだけだ。髪型は、不良にしては地味なショートカット。歩くたびに首筋まで流れる金髪が揺れ、今にもサラサラと音が聞こえてきそうである。

 と、不意に足音が近付いてくるのに気付いて、風也は警戒心を強めた。

「——紫苑風也くん、だよねっ!?」

 声をかけてきたのは同じ風音高校の制服を着た女の子で、彼は内心息をついていた。
 とりあえず立ち止まるだけで返事をしないでおくと、彼女はアイドルを見るような、興奮しきった熱い視線でこちらを見つめてきた。

「あたしっ、あたし、美沙っていうの! 町田美沙! 同じクラスなんだけど……覚えてないかなぁ?」

 同じクラスと言われて初めて、風也はその女の子——町田美沙にちゃんとした視線を向けた。

 前髪パッツンの、黒髪ストレートでセミロング。目はぱっちりと大きく、顔立ち全体も、スタイルも……悪くない。自分の気持ちに正直に生きていそうな、そんな印象を与える子である。……ある、が——

 全く見覚えがなかった。

 まだ2日目でクラスメートを把握していないのは、当然と言えば当然なのだが。

「……2日目で顔なんて覚えてねぇよ」

 至極面倒くさそうに言うと、途端に町田が食いついてきた。

「声!!」
「——あ?」
「声もかっこいいね!! ねっ、風也くん、今でいいからあたしのこと覚えてっ」

 両手を胸元で握り、それはそれは迫真の表情で風也に迫っていく町田。対して風也は、この恐れを知らない謎の女に、むらむらと疑念がわいてくるのを感じていた。

「なんでそんな——」

「好きだからっ! 大好きなのっ。一目惚れしちゃったのぉ!! だから、ね、仲良くしよぉ」


 ……正直風也は目の前の少女に唖然としていた。


 ——……何なんだ、この女は……

 こんなにバカ一直線に告白してくる子は初めてである。しかも、この往来で、だ。
 からかっているのだろうかと眉をひそめた風也だが、彼女の目は心底本気のように見える。その熱い視線が痛い。



 ——興味がなかった。



 この子に限らず、学校の面々に。今日も行っただけ偉いと思う。……ずっと寝通しだったが。

「……悪ぃけど、他のヤツ探しな。もっといいのいんだろ」

 ため息交じりにそう言って彼女に背を向けると、突然ガシッと右腕をつかまれた。おそらく、つい手を伸ばしてしまったのだろう。しかし瞬間、皮膚が粟立ち、同時に頭にカッと血が上るのがわかった。

「何で風也くん、あたし——」

「離せ!!」


 ——……触るな……っ!!


 風也の冷たく鋭い視線が町田へと向けられ、同時に彼女の手は簡単に振り払われてしまった。呆然として彼を見つめる町田……。

 そして風也は何も言わずにその場を去っていった。




 取り残された町田を、遠く離れた所から見つめている人物がいた。
 ピカピカの学ランは上までボタンが止められ、びしっと完璧に着こなされている。
 しばらくの間、眼鏡越しに町田の後ろ姿を見つめた後、彼はきっちりとした足取りで駅の方へと歩いて行った。