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Enjoy Club 第4話『あなたのために……』(3) ( No.130 )
日時: 2010/09/09 11:17
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: s4AxdT15)

 あれから15分。
 恵玲と白波は最寄りの暁駅に向かって並んで歩いていた。

 最初このデートを提案された瞬間は「えぇ!?」と思ってしまった恵玲だが、よく考えてみたら彼とデートをするのは初めてである。これはものすごく貴重な体験ではないか! そう思い直して渋る白波を説得、無理矢理街と連れ出したのだが……



 ——……きっ、気まずい……!!



 さっきから2人の間を流れる“沈黙”という2文字。
 普段から無口な人だとは思っていたが、いつもは必ずと言っていいほどウィルが同席していたため、深刻には考えていなかった。こうやって2人だけの状況になってみて初めて、この2文字が身にしみる。

 湿気がまとわりつくようだ。今日はそれほど暑い日ではないはずなのに、必要以上の汗をかいている。

 バッグからハンカチを取り出して、恵玲はチラッと彼を見上げた。
 ……高い、思っていた以上に。自分の身長が153㎝だから、30㎝近い身長差があるのかもしれない。ウィルとの時と違って、これでは話すのにも一苦労である。

 悪条件が重なってややうんざりする恵玲だが、すぐに両手で頬を叩いて気を取り直す。
 こんな空気で終わるのは彼女のプライドが許さない。ウィルとデートしている時の雰囲気を思い返して気合を入れ直すと、恵玲はこの空気を断ち切ろうと思いきって口火を切った。

「白波くんっ、のど乾いたしさ、どこか喫茶店とか入らない!?」

 精いっぱいの明るい声で、彼を振り向かせる。
 眉一つ動かさず彼女を見た白波は、ようやく固い唇を開いた。

「……飲み物なら、そこの自販機でいいだろ」

 気遣いの欠片もない台詞を躊躇なく吐いた彼は、恵玲の返事を待たずに近くの自動販売機へと歩いて行ってしまう。
 予想外の返事を返されてぽかんと口を開けていた恵玲は、ハッと我に返って彼を追いかけた。



 白波はコーヒーを恵玲はリンゴジュースを手に、再び歩を進める。
 なぜか肩身の狭い思いでボトルを両手で握った恵玲は、彼を見上げちょっと途方に暮れたような声で尋ねた。

「……もしかして白波くん……デート、したことない……?」

 2拍ほど置いて、

「ない」

端的な答えが返ってくる。恵玲は視線を手元にやり、言葉をつないだ。

「そ、そっかぁ……。白波くん、かっこいいしモテそうだけど」
「そもそも女の知り合いが、お前と水希しかいない」
「そうだ……白波くん、学校……」

 もったいないことに、彼は中学校に数えるくらいしか通っていない。別に深刻な理由はなく、ただ彼が学校というものに興味を持ってくれないだけだ。

 白波は缶の残りを飲み干し、通りかかったごみ箱に投げ捨てた。

「それに——」

 珍しく後をつなげようとする彼を、恵玲は黙って見つめた。

「俺みたいな面白みの無い奴、誰も誘わないだろ」

 う……っと言葉に詰まる恵玲。

「俺自身興味無いし」

 この台詞、本音以外のなにものでもないだろう。

 むむっと眉を寄せて何かを考え込むような顔つきの恵玲に、白波が不審げな瞳を向けていた。


 駅に近付くにつれ開けた街並みになってくる。この辺りにある私立高校の生徒の集団を幾度か見かけた。おそらく部活があるのだろう。芸能人の話題で盛り上がる子や、まだ寝起きで機嫌の悪そうな子など、見ているだけでも面白い。


 ——……白波くんは……友達、ほしくないのかな?


 突然そんな疑問が浮かんでしまった。

 彼の顔を見ていると、そういうことに対して本当に無関心に見える。1人でだって生きていけそうに見えてしまうのだ。

 恵玲はつい30分前のウィルの表情を脳裏に思い浮かべていた。友人…かどうかわからないが、それに近い存在の紫苑風也に対してさえ、躊躇なく銃口を向けた白波。それをウィルは不可解だと感じていたし、恵玲も水希も同じだった。

 前触れ無しに、流れるような動作で足を止める。2、3歩進んだ白波が、無言で振り返る。

「風也くんは……友達じゃないの?」

 突然出てきたその名前に、白波は目を瞬きすぐに眉をひそめた。

「……あいつがどうした」
「何で風也くんに銃を向けられたのって聞いてるの。……友達、でしょ?」

 ゆっくり、…じれったいほどにゆっくりと時が流れる。
 白波の瞳は、真っ黒に沈んだまま、少しも揺らがなかった。


「任務のためだ」


 はっきりとそう言い切る。恵玲はなぜか体が硬直すると同時に、目頭が熱くなるのを感じた。


「友達だとかそうじゃないとか……俺には関係ない」


 背筋が凍る。

 目を見張って彼を凝視する。彼から、目が、離せない。



 こぼれ落ちそうな涙を抑えるのに、苦労した。