コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Enjoy Club 第4話『あなたのために……』(12) ( No.188 )
日時: 2010/09/14 20:44
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: pQfTCYhF)


 色がくすみ、ツタが絡まった四角い建物。シャッターがさびて、ギシギシと嫌な音が聞こえてきそうな小さな倉庫。それらがここら一帯に密集し、あちこちには原形をとどめていないボロボロの粗大ゴミが地面に転がっている。上を見上げると、高い建物が無いせいで所々雲の散らばった青空が視界いっぱいに広がった。しかし再び視線を戻すと、明るい色の空に反してどんよりと辛気臭い空気が周囲に漂う。

 一般人ならば明らかに近付かないであろうその場所に、1人の小柄な少女が身を潜めていた。

 肩まででシャギーにした黒髪。夏らしく全体的に薄着で、下は綺麗なラインの足が際立つジーンズのミニスカート。彼女はコンクリート壁の建物を背にし、機会を見計らうようにしてある方向に意識を集中している。

 と、不意にふわっと浮くような柔らかい風が前髪を持ち上げ、彼女は濃い期待とともに左を振り返った。

「…恵玲」
「——白波くんっ」

 彼女——荒木恵玲は、声を最小限に、パッと表情を明るくして言った。さっきまで真っ黒な瞳を睨むように光らせ、不敵な笑みを口元に刻んでいたのとは別人である。

「なんでここに? 今日の任務はあたし1人って聞いたんだけど…」

 実はすぐそこの角を曲がったところの廃墟に、今回のターゲットが潜んでいる。2人という少人数で、しかもバックに誰かがいるというわけでもないらしく、それならばと恵玲が引き受けてきたのだ。これくらいの相手、恵玲ならば軽々とやってのけるだろう。

 それでも嬉しそうに頬を染める恵玲に、白波は抑揚のない単調な声で事情を話す。

「ウィルから連絡が入った。行けそうだったらサポートに行けと。…相手何人いるんだ」
「2人!」

 サポートいらないじゃないか、と言いたげな顔。
 正直本当にサポートはいらないのだが、なぜかいつも忙しい白波がここに来れたという幸運に胸を躍らせる恵玲。曇りのない、真っ直ぐとした瞳で彼を見る。

 すると白波は右手にぶら下げていたスケボーを壁に立てかけ、自分もその横に背中を預けた。その右手にはすでに拳銃が握られている。
 それを見て恵玲は、本当に彼は任務をこなす上で頼りになる、と安心感に包まれていた。彼は元々の風の能力に加え、なぜか昔から銃を使いこなせており、以前2丁同時に使用しているところを見たこともある。誰かに教わったのかと尋ねたこともあったが、完全に黙りこくられてしまった。

 しかし残念ながら、今日は彼の手を借りるつもりはない。そこにいてくれるだけで十分だ。

 腕を組んであらぬ所を見つめている白波の正面に立ち、恵玲は顔の前で両手を合わせた。

「ごめん白波くん! 今回はあたし1人にやらせてくれない? 来てもらったのに申し訳ないんだけど」

 白波がそのままの体勢で目だけを下げる。

「構わないが、2人の方が早く終わるんじゃ…」
「そうなんだけど、あたし今日何となく暴れまくりたいんだよねっ」

 2人相手じゃ暴れきれないだろう、と白波が内心気の毒に思っているのも知らずに、恵玲は好戦的な瞳で舌なめずりをしている。
 普段はその可愛らしい顔に見惚れるほどの笑顔を浮かべ、女の子らしい声で語尾を伸ばし気味に喋る彼女が、任務と言うだけでこの変わり様である。彼女の能力は本当に性格にぴったりだ。いや、もしかしたら能力のせいでこういう性格になったのかもしれない。

 正直言って行っても行かなくてもどちらでもよかった白波は、あっさりと頷いて拳銃をしまう。「じゃあ俺は…」とスケボーに手を伸ばしたところで、恵玲が慌てたようにその手を押さえた。

「ちょっと待って。速攻終わらせるから、ここで待ってて! お願いっ」

 なぜかやたらと必死な様子でしかも上目遣いまで使われて、白波はややたじろいた様子でスケボーから手を離した。それを確認して、恵玲は頼もしい表情で彼を見る。

「ありがとっ! それじゃ、行ってくるね!」

 返事も待たずに、恵玲がその場を飛び出していく。その後ろ姿を、白波はわずかに眉をひそめて見つめていた。
 さっきはそれでも少し警戒した様子で時機を見計らっていたのに、こんなに大胆に敵地に突っ込んでいいんだろうか、と呆れたように彼女が行った方向を見つめる。彼女の強さはよくわかっているため、特に心配はしていないが。

 そこで白波は、ふと顔をしかめて視線をそらした。

 まただ。以前ウィルに押されて恵玲と2人で出掛けた日以来、何とも称しがたい違和感が胸の内を渦巻いている。忘れていた何かが、再び沸き起こってくるような、そんな不思議な感覚。そのことに、白波は少なからず焦っていた。


 —…待てよ…っ、俺はこれ以上アイツらに近付くわけには…


「——白波くん?」


 ハッとして目を瞬き、声のした方を振り向くと、心配そうな表情の恵玲と目があった。彼女の右手には今回の獲物が握られている。本当に“速攻”だ。

「どうかした?」
「…いや、何でもない」

 彼が首を横に振ると、恵玲は一応という風に頷いた。それからスキップするように彼の前に出て、にこっと微笑む。

「待っててくれてありがとね。一緒に帰ろ?」
「——恵玲」

 今にもアクションで地を離れようとしていた彼女を、勝手に口が動いて呼びとめる。機嫌のよさそうな顔で振り返った彼女に向かって、考えるよりも先に言葉が出てきていた。

「…どうしてそんなに任務に必死になれる…?」

 恵玲が目を丸くして彼を見る。それも当然だ。あまりにも文脈のない問いかけなのだから。
 白波自身、どうして突然こんなことを聞いたのかも、どういう答えを期待していたのかも、よくわからなかった。自分だって任務をかなり重要視してやっているというのに。

 そして恵玲は何の迷いもなく、おそらく麗牙光陰であれば誰もが言うであろう言葉を口にしていた。

「影晴様のため、だよ?」

 それがどうかしたの? と言いたげな、全く揺るがない瞳。当然、といった口調。
 そしてこれもまた当たり前だという風な声で、白波に尋ねた。


「白波くんも、でしょ?」


 瞬間、白波の瞳がふっと曇る。


「——あぁ」


 —…俺こそ、そうだ

   

   俺は影晴に使われた、最初のコマなんだから




 何馬鹿なことを聞いているんだか、と足元のスケボーに手を伸ばしたところで、ふとある顔が脳裏をよぎる。


 —…いや、最初じゃないか。最初は、あの——


「白波くん、そろそろ行こう?」

 恵玲が笑顔で手を引いてくる。
 それに頷いた白波はスケボーを右足で踏み、風をその裏を中心に巻き起こした。

 飛ぶ瞬間の、恵玲の羨ましい程に真っ直ぐな意志の強い瞳が、目に焼き付いて離れなかった。