コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Enjoy Club 第1話『謎の闇組織E・C』(2) ( No.2 )
日時: 2010/11/27 09:58
名前: 友桃 (ID: vDb5uiaj)

 張り詰めたような雰囲気の中行われた、風音高等学校入学式。本校は公立高校であるため中学からエスカレーターで上ってくる生徒はおらず、つまりはほぼ全員が新しい環境の中緊張で全身を強張らせているということになる。ほぼ、と言ったのは、同じ中学の友人と連れ立っていつも通りのテンションの生徒がいることを考慮したせいだ。
 学力的にはちょうど真ん中辺り、具体的には偏差値50前後のこの学校は、学年差はあるものの毎年比較的大人しめな生徒が入学してくる。もちろん中には早速髪を染め、濃いメイクを施し、カーディガンからスカートが見えるか見えないかという新入生にしては目立つ格好をしてくる者もいるが、少なくともこの学校では少数派だ。
 私の地元にあたる“風音”という地域に位置する風音高は、最寄駅から徒歩10分と妥当な距離であり、加えて通学路はやや開けているという所で、高校生の寄り付きそうな店も多い。また制服も可愛いと好評であり、なかなかの人気高なのである。
 ただし、今年に限ってはある噂が原因で受験生が減ったという話だが。
 
そんな風音高での入学式を終えた私は、昇降口に掲示してあるクラス分けの表を見に足を速めた。

 ——ものすごい人だかりである。中学のメンバーとクラスを確認し合い、一喜一憂するグループがいる一方で、違う地域から来たのか自分のクラスだけを冷静に確認する者もいる。私は前者だ。同じ中学からは6人入学しているはずだが、そのうち4人は男子であまり関わり合いの無い人達ばかりだ。残り2人は私自身と、私の幼馴染であり親友でもある荒木恵玲という少女である。
 視力のいい私は人だかりの後ろのほうからでも十分名簿は読めた。確認し終えた生徒あるいは親たちが少しずつ前方から散っていく。その流れで掲示板の前へと近付いて行った私は、そこでよく見憶えのある後ろ姿を見つけた。


「——恵玲っ」


 ぱっと振り返ると、すがすがしい程に真っ黒な髪が絵にかいたように弧を描いた。ハッと見返してしまう程の大きな瞳が、一瞬だけ見開かれた。

「…! 亜弓あんた今日どこにいたの!?」

 いかにも勝気そうな、はきはきした声音である。肩まででシャギーにした髪型が、彼女の強い性格を一層際立てているようにも思える。私よりも彼女のほうがずっと小柄なのに、なぜか見下ろされているように感じるのは実に不思議だ。現にちょっとムッとした表情の恵玲はしっかりと腕を組んで立っており、それはそれは威厳があるのだった。
 私は会場である体育館を思い浮かべて、不機嫌そうな彼女に丁寧に説明した。

「えっと…前から3列目の1番右端にいましたよ」

 風音高はややおかしな学校で、入学式の席をクラスごとにすればいいのに、到着した人から順に座っていくという謎な方法をとっている。お陰で「時間合わせるのがめんどい」という理由で一緒に行かなかった彼女とは会場で全く会えなかった。クラスごとであればもう少し見当がついただろうに。

 恵玲は浅く息を吐き、
「全然違う。あたし後ろの方だもん」
その視線をす…と前に戻していった。私も気を取り直して名簿に視線を走らせる。「名前見つかりました?」そう尋ねる前に、恵玲が「あ」と短く声を漏らした。

「恵玲?」
「あれ、4組!」

 ちょっと興奮した声で彼女が指さしたのは、2人の位置からやや右の方向。『1—4 担任・渡辺さやか』と書かれた真っ白な模造紙である。私は無意識に胸元のリボンをつかみ、やや身を乗り出すようにして上から順に名前を確かめていった。


『2番 荒木恵玲』


「——恵玲ですっ」
「……もっと下」

 むっとしたような恵玲の声に、私は思わず彼女を振り返る。が、そのつややかな黒目は未だ表からは動かされておらず、私は不意に湧いてきた期待を感じながら、再びゆっくりと名前を追っていった。

 —…今井…沢田、島崎…谷田、友——

 力が、抜けた。


『17番 友賀亜弓』


 自分の名前を見つけてからも尚目を瞬き、しっかり確認するようにそれを凝視する。
 いい加減頭にきたのか、気の短い恵玲がギロッと睨みあげてきた。

「まだ見つかんないの!?」
「いえ、今発見したとこです! 感動してるんです!」
「感動って…大げさな」

 本気で呆れたようにそう言った恵玲が、何の未練もなくくるっと後ろを振り返り、人込みから抜けようと足を踏み出したとき——

 ざわ…っと動揺が辺りに波紋のように広がった。

「え、うそ…!」「あの噂、本当だったの!?」「やだ、怖い」

 色々な声が辺りにばらまかれるが、言っている内容は似通っているように思う。皆友人だけでなく、見ず知らずの隣人とまで顔を見合わせ怯えたような顔つきで頷き合っている。
 しかしそんな中、人々が騒がしい理由が全く掴めていない私は、整然とした歩みを続ける親友の袖を慌てて捕まえた。

「恵玲っ、皆急に何を——」
「3組、見てみ」
「……」

 私は思わず恵玲の顔を穴があくほど見つめてしまった。彼女の瞳は相変わらずギラギラと光っていて、その口元は……何と不敵な笑みを浮かべていた。

 ——いつもそうだ。何か、自分に対抗出来得る何かが迫っている時、彼女はこうやって不敵に笑う。“やれるもんならやってみろよ”みたいな。

 私は口元を引き締め、言う通り3組の表へと目を向けた。さっきと同様上から名前を無言で読み上げていく。そして、ある名前を視界に入れて、すぅっと息を吸い込んだ。



 ここ風音から駅1つ挟んだ所に、“下橋”という地域がある。そこには主に中学生から大学生のいわゆる不良が大人数住み着いており、その地域全体を縄張りにしているとか…。しかも下橋の不良は他地域から見ても喧嘩が強く、中でもそこのトップの強さは群を抜いているとか…。そして、そのトップの名前は——



『10番 紫苑風也』


 ようやくわかった。皆がおびえている理由が。
 私は紙の上に乗ったその名前に、ごくっと空唾を飲んだ。

 —…ケンカ、売られたら…どうしましょう

 これだけ有名な不良だ。目を合わせただけでも因縁をつけてくるかもしれない。そんなことになったら……これはもう——

「恵玲、守ってくださいね」
「は?」
「だからっ、私がこの紫苑って人にカラまれたら守ってくださいね! 恵玲、爆裂ケンカ強いんですから!」

 結構本気でお願いしたのに、彼女には鼻で笑ってあしらわれてしまった。