コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(2) ( No.256 )
日時: 2010/09/21 17:37
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: pQfTCYhF)


 枕元の携帯電話を開くと、8時12分と表示されていた。確か7時半にアラームをかけたのにとぼんやりした頭で考えながら、風也はベッドの上に体を起こす。周りを見るとさすがに夏休みなだけあって、まだ半分くらいのベッドが人で埋まっていた。

 小さくあくびをもらしながら毎朝の工程をこなして寝室を出る。目の前の廊下を右に曲がるとすぐに1階へ降りる階段だ。



「おっはー風也!」

 寝ぼけ眼で1階に顔を出すと、明るい声がリビングに響いた。朝からこんな大声を張り上げるのはもちろん有衣である。彼女はウェーブのかかった長い茶髪を後ろで無造作に結って、キッチンに立っていた。
 朝から元気だなぁ…と目をこすっていると、くすっと好意的に笑う声が近くで聞こえた。

「風也ねむそう」

 夜ゑが顔を覗き込んでくる。肩の位置で切りそろえられた黒髪は今日もつややかに光っている。リビングにはまだこの2人しか姿が見えなかった。

「今日、お前ら当番?」

 風也は手近な椅子に腰かけてそう尋ねた。

 下橋での食事は当番制になっており、毎回2人ずつで作ることになっている。大体が料理が得意な人とまだ経験の薄い人とで組めるように決めてあるのだが、この2人がペアになるとは珍しい。有衣も夜ゑも下橋では数少ない女性であり、2人とも料理やお菓子作りが大得意なのである。

 すると鍋の火を止めた有衣が、髪をほどきながら風也の正面の椅子に腰を下ろした。目線を階段の方にやってニヤニヤと笑っている。

「いやー、ホントは今の当番違う奴なんだよねー。爆睡してっから夜ゑが手伝ってくれてるんだけど」
「あ、そういうこと。お前らが組むなんて珍しいと思ったら」

 風也は苦笑をもらして部屋を見回した。

 階段のすぐ横には玄関ドアがあり、入ってくると即リビングという造りである。細かく部屋が区切られている2階とは違って、1階は1つも間を仕切る壁が無く大きな長方形の空間となっている。左側の壁にはキッチンが備え付けられ、その逆側には16人もの人数が座れる長い木のテーブル。そして部屋の1番奥にはテレビとそれを見るために置かれたソファーが。
 いつもはここで皆がそれぞれ盛り上がるのだが、休日の朝早い時間なだけあってやたらと人口密度が低い。寝室にいなかったメンバーはきっと部活に出掛けて行ったのだろう。

 エプロンを外した夜ゑが、テレビをつけ番組を変えていく。それをニュースの所で止めると、彼女は2人を振り返ってにこっと微笑んだ。

「ご飯できてるし、先食べちゃう?」

 さんせ〜い、と有衣が勢いよく叫んで、両手の拳を天へと突き出す。風也も頷いて、お皿によそうのを手伝おうと席を立った。



 ご飯に味噌汁、目玉焼きに焼き魚…と典型的な和食が並び、食欲をそそる香りが鼻を突く。湯気の立つご飯と味噌汁を見ると、なぜか寝ぼけた頭が覚醒していくようだ。

 3人分の箸をそれぞれの場所に置いて、風也は再び自分の席に落ち着いた。目の前で有衣が、「く〜っ、うっまそー!」と今にもよだれを垂らしそうな顔で料理を凝視している。

「たまにはこういうシンプルなのもいいよなー!」

 笑顔満開で言った有衣の台詞に、風也は妙に納得して頷いた。

 というのも、この2人は夕飯当番に当てられることが多く、たいていフランス料理やイタリア料理といったオシャレなものを簡単に作ってしまうのである。そのため彼女らが今日のように割と地味な和食を作るということが、少し意外で新鮮だった。

 目で合図を取って、いただきますと気持ち両手を合わせる。
 まずは味噌汁を…と手を伸ばしかけた風也は、ふと顔を上げて有衣とその隣の夜ゑを見た。

「そーいや功と伸次は?」

 風也が特に親しくしている男友達2人。まだ上で寝ているのかと尋ねると、眼前の2人は顔を見合わせて確認し合うように言う。

「功はサークルで野球しに行って……」
「伸次は宴会で寝るのが遅くて……まだ爆睡?」

 夜ゑが首をかしげながらこちらを見る。

「たたきおこす?」
「いやいやいや、起こさなくていいから。寝かせとけよ」

 愛らしい顔に悪魔のような微笑みを浮かべた夜ゑに、風也はぞっと背筋に寒気を感じていた。彼女のこういう言動はいつものことであるというのに、あまりにも顔とマッチしていないため変な汗をかかずにはいられないのである。まぁそういうところが、彼女の持ち味だともいえるが。

 こんな一筋縄でいかなそうな奴に惚れちまって、伸次は大変だなぁ……と空笑いをもらしていると、階段の方から複数の足音が聞こえてきた。味噌汁を一口すすって、そちらに視線を飛ばす。

 丁度噂で持ちきりの青年と、まだ小柄な少年が並んでリビングに顔を出した。夜ゑが甘い表情で彼らに手を振る。

「おはよ〜、なつき」
「オレは無視かよ、夜ゑ!」
「うるさい、二日酔い」

 酔ってねぇし……と愚痴をこぼす可哀そうな伸次の隣で、楽しそうに笑っている少年——森なつき。まだ表情に幼さが残るが面倒見の良いしっかり者で、次期リーダーとして周知されている。当の本人もかなりの自覚を持っており、風也に何度もトレーニングに付き合ってもらっている上に、髪型まで彼と同じものにしてしまった。まだ中学生なので、もちろん色は真っ黒だが。

 風也が親友と呼べる仲の伸次と可愛がっている後輩の2人に挨拶代わりに手を上げると、突然有衣が長いまつげに縁取られた瞳を軽く見開いた。何かを思いついたような表情で皆を見回す。

「今日の午後さ、またチーム対抗でやり合うじゃん!? そのあと誰か遊びにいかね!?」

 頬を紅潮させテーブルに身を乗り出して言った彼女を、伸次らは渋い表情で見返した。おそらくバイトや部活で予定が埋まっているのだろう。
 彼らの反応を見て大げさに肩を落とした有衣は、そこでハッとして正面の風也に目を向ける。彼は頬杖をついて動向を見守るばかりで、何の返事もしていない。

 風也は急に直撃の熱い視線を感じて、露骨に顔をしかめた。

「おっしゃあっ! 風也遊ぶぞ!」
「待てオイ。オレまだ何も言ってね——」
「いいだろ!? この絶世の美女とデートだぜ、デート!」

 ——……自分で言うか

 確かにそこらでは見かけない美女なのは確かなのだが。
 しら〜っと軽蔑の瞳を向ける風也に構わず、有衣は派手にガッツポーズをかましている。運がいいのか悪いのか今日1日時間が開いていた風也は、渋々といった風に承諾の返事を返した。それを夜ゑがなぜか微笑ましそうに見つめている。



 いつもと変わらない、ちょっとした日常——


 それがまさかある騒動へつながろうとは、この時の彼らには知る由もなかった——