コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(3) ( No.268 )
- 日時: 2010/09/22 17:10
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: pQfTCYhF)
夏休みに入ってから、私は口が裂けても有意義とは言えない生活を送っていた。
まずそもそもの間違いが遅すぎる起床時間。毎朝母親にどなり声でたたき起こされているのにもかかわらず二度寝三度寝を繰り返し、最終的に朝食と昼食が完全に合体してしまう始末である。午後は津波達に遊びに誘われない限りは部屋にエンドレスで曲を流し、ぼぉ〜っとそれを聴き続ける毎日だ。まぁ時々恵玲が連絡も無しに家に押し掛けてきて、雑談だけして帰ったりはするが。
1つだけ例外を言うとすれば、夏休みに入ってから3回風也と遊びに出かけたことだ。そのうちの1回は恵玲と一緒だったし、どちらも特別何かをしたわけでもないのだが、個人的にはそれで十分楽しかった。たぶん私は水族館だとか映画だとかに連れて行ってもらうよりも、2人でのんびり喋りながらその辺をブラブラする方が好きなのだと思う。彼の隣に並んで歩いているだけで体がぽかぽかと温まるようで、それはそれは幸せな時間だった。
しかし、そんなこれ以上にない有意義な時は夏休みとして与えられた時間のごくごくわずか。まだギリギリ半分が過ぎていないうちに、このだらだら生活を改善せねば、と意気込んでいる真っ最中なのだ。
そうして気持ちを改めてから、3日目。
私は相変わらず大好きな音楽をエンドレスで部屋に響かせていた。
「亜弓、あんたそんなに暇なら夕飯の材料買ってきてちょうだい!」
午後4時半すぎ。
私は不機嫌な母親から家を追い出された。
——……もう夕方ですのに、暑すぎですよー
真っ昼間のような日差しの痛さはないが、今はじんわりと蒸されているような暑さ。熱中症にでもなってしまいそうだ。
涼しげな膝丈のワンピースに、シンプルなデザインのサンダルをはいてきた。追いやられるようにして出てきたので、適当な服装で来てしまったのである。
私が今歩いている桜通りは、時間帯のせいもあって人でごった返している。パラパラと学生の姿も見えるが、ほとんどが主婦や親子連れ。私のように夕飯の買い出しでスーパーに向かっている人達である。
途中で通ったパン屋さんの拷問に近い甘い香りに誘われそうになりながら、私は通りを駅の方向に歩いていく。馴染みのスーパーが視界に入り、早く涼みに逃げ込もう、なんてくだらないことを考えながら。
でもこんな、言ってしまえば日常の中の日常。そんなときに予想ができるだろうか。この先起こることに身構えることなど、できるだろうか。
なんて酷い神様の悪戯か……。
このとき私はなんの心の準備も無しに、偶然見てしまったのである。
道路を挟んだ向こうの通り。
何度も一緒に入ったオシャレな喫茶店の前を、
大好きな彼が、見知らぬ女性と歩いているのを……。
その瞬間、見事に思考が停止した。頭の中が真っ白になるとは、まさにこのことを言うのだろう。周囲にはたくさんの人達がいるにもかかわらず、その2人しか視界に入ってこなかった。
往来の中立ち止まって、めいいっぱい目を見開いて2人を見つめる。まるでズームをしているかのように、彼らの表情1つ1つがよく見える。
——……かざ…や……?
顔から血の気が引き、全身が凍るように冷たくなっていく。口元に持っていった手が、小刻みに震えだす。
大好きな、本当に大好きな風也の隣にいる女性は、ゆるいパーマのかかった長い茶髪の、周りから浮くほどにスタイルの良い、目を見張るような美女だった。2人ともすごく親しそうに自然な様子で会話を交わしており、正直言って私から見ても美男美女のお似合いのカップルである。
1歩、右足を後ろに引く。この場から、逃げだす準備。彼から、
離れる、準備。
そして謎の美女が甘えるように彼の腕に飛びついた瞬間。私の中で、何かが音を立ててはじけ飛んだ。
何を考えるよりもまず、彼らにくるっと背中を向ける。そして今来たばかりの道を、全力で駆け戻った。
——涙が、止まらない。
何度ぬぐっても、いくら目に力を入れても、噴き出すように湧いて出てくる。頬が生温かく濡れて、ヒリヒリと痛みを発する。胸が、痛い……。
——……私、だけだって……
「私だけだって、信じてたのです……!!」
まだ告白したわけでも、されたわけでもないというのに、
心の中は裏切られた気持ちでいっぱいだった——……