コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(6) ( No.306 )
- 日時: 2010/09/25 18:37
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: hH8V8uWJ)
数ヶ月前の小松家での事件以来、風也はあの長身の少年の姿を一度も目にしていなかった。
——有希白波。思い出すのは、あの銃口を額に当ててきた瞬間の、暗い機械のように無感情な瞳。風也に銃を向けることに対する、ためらいの無さ。
屋上で偶然出会ったときは、どこか自分に近い部分を感じて同じ空間にいることを心地良いとさえ感じていたというのに、随分と残念な結果である。きっと白波は本気で自分のことを赤の他人だと思っているんだろう、と考えて、風也は急に虚しくなった。完全に独りよがりな感情だったわけだ。
——……それにしてもアイツら、変な力持ってたな……
突然辺りを暗闇に染めてしまったり、突風を吹き散らしたり、テレポートをしたり……。どれもこれもこの世界にあるはずの無い力だ。今でもふと振り返ると、あれが全部ただの夢だったのではないか、とそんなくだらないことをつい考えてしまう。全て自分の目の前で起き、自分の身に降りかかったことだというのに。
それにしても、と、風也は小柄な銀髪の少年を脳裏に浮かべていた。
もう少しで勝てるはずだったあの少年には、まんまとテレポートを使われて取り逃してしまった。正直これは、彼にとっては痛すぎる結果だ。不良相手には負けなしといってもいいほどの実力を身につけている、彼にとっては。
そしてやはり今でも納得がいかないのが、恵玲の行動。
どこかぽうっとしている亜弓はそれほど疑問に思わなかったようだが、普通に考えて不審な点が多すぎるだろう。行くだけで手足は出さない、と言い出したことはもちろん、謎の能力を見ても平然とした顔をしていたし、人質になった時も一切抵抗をしなかった。むしろ大人しくあの銀髪の少年に身を任せていたのだ。
そこまで考えたところで、ある疑問が突然頭の中に浮かんできた。風也は記憶を探るように、眉根を寄せて目を閉じる。
——……白波の風でオレと亜弓が吹き飛ばされたとき、恵玲はどうだった……?
あのときは彼自身予想外の展開で冷静ではなかったため、はっきりとは目撃していない。しかし亜弓のように吹き飛ばされたような気配が、恵玲の方では全くしなかったように思えるのだ。
風也はそこで、愕然として立ち止まった。あの日からずっと心の隅にうるさく居座ったままだった疑問が、急に解けたような気がしたのだ。
しかし直後、心の中で強くかぶりを振る。
——……いや、ありえねぇ、そんなこと……!
これが本当だったら、亜弓は——……
「風也?」
静かな、低い男性の声。
風也は我に返って、数歩先にいる体格の良い青年に顔を向けた。
「悪ィ。考え事してた」
小走りに駆け寄って追いつくと、風也はふっとその青年を見上げた。
哀しくなるほどの体格差。青年は元々の身長に比べて肩幅の広いがっしりとした体をしているため、実際よりもさらに大きく見える。タンクトップから伸びる両腕も程よい筋肉が付いていて引き締まり、普段から鍛えていることが一目でわかる。そして何より目が行ってしまうのは、日本人にしてはかなり奇抜な銀色の髪。全体的には特別長くないのだが、右側だけはその優しげな瞳を覆うほどの長さになっている。以前銀髪にした経緯を聞いたことがあるが、有衣の勧めでやったのだと苦笑を浮かべて言っていた。しかもそれが案外気に入ってしまったのだ、と。
風也が顔をじっと見つめてくるので、青年は不思議そうに首をかしげた。
「どうした?」
「功、でかくていいなーと思って」
彼の台詞に、青年——芝崎功は穏やかな笑みを浮かべて、彼の金髪に大きな手のひらをのせる。
「そのうち伸びるって」
「いや、オレもう17だぜ。伸びねぇよ」
風也が驚いたようにそう言い返すと、功はさらに驚愕の表情で彼を見た。
「お前もう17!?」
「え!? いくつだと思って……」
「……13」
「それオレが下橋入った年!」
風也が拗ねたように不満げな目を彼に向ける。
功は、風也の5つ年上の21歳。今は誕生日の関係で差は1つ縮まっているが、それでも友人にしてはかなりの年齢差があるのだ。加えて功は下橋の風也のグループ・緋桜のサブリーダーであり、実質のリーダーともいえる存在。そんな彼に、風也が頼らないわけがなかった。幸運なことに功自身優しく面倒見の良い性格であったため、風也のことを弟のように可愛がっていたのだ。
そのためだろう、功の中でなかなか風也の年齢が上がらないのは。
功は頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
「いや、なんか俺の中でお前いつまでもガキだから……」
「だからって13はひでぇ……」
いつものように兄弟のような会話を交わして、2人は再び暁駅へと向かって歩き出した。暁の駅前も風音同様若者向けの店が多く、時々こうして下橋のメンバーで足を運ぶのである。
辺りは暗い藍色に染まり、通勤帰りのサラリーマンが何人もすれ違って行った。
——……あの小松の家での闇は、こんなもんじゃなかったな
そんなことを考えながら空を仰ぎ、すぐに視線を戻そうとしたところで、風也は突然ある方向に全意識を持っていった。ちょうど前方に見える、周りに溶け込んだ5階建ての建物の上を、目を見開いて凝視する。
「そーいやこの前言ってた、亜弓って子からメール来ないって話どうなっ……て、風也?」
彼の足が止まっていることに気が付いて、功は慌てて後ろを振り返った。すぐに心配そうに眉を下げる。
「お前大丈夫か? さっきから……」
「今、あそこを誰かが通った」
「は?」
思わず声を上げて風也の視線の先を追ってみると、そこは建物の上、つまり空。しかも時間帯が時間帯なので暗くてあまりよく見えない。
しかし風也の目も声音も、冗談を言っている様子ではなかった。功は今は何も見えない建物の上の空間を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「人が通るのは……ありえない気がするんだが……」
「あぁ。でも——」
——……アイツらなら、ありえる
E・Cのメンバーなら。
風也は顔を強張らせ、睨むような緊張を伴う瞳で見つめ続ける。冷や汗が一筋頬を伝っていく。体の両脇で握った拳が、小刻みに震えだす。
——……一瞬だけ、見えた……
胸の内で言うだけでも、想像をはるかに超える勇気を要する。風也は爪が食い込むほど握りこぶしに力を込め、ギリッと奥歯を噛んだ。
——……今のは……
恵玲……っ!!