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Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(9) ( No.358 )
日時: 2010/09/28 17:19
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KnqGOOT/)


 ぽかんと口を開けて見つめるだけの私に、なぜか彼女はとてつもなくご機嫌な様子で近付いてくる。目の前まで来ると、ヒールのせいもあるだろうが、彼女がすらりとした長身の女性だということがとてもよくわかった。

「そっかあ……。お前ってもしかしてこの辺に住んでんの?」
「えっ、あ……風音、に住んでます。……ここどこか全くわからないんですけど」

 口にした途端恥ずかしくなって、慌てて目を伏せる。

 不思議と黒々とした嫉妬の感情は、それほど湧いてこなかった。おそらく目の前の美女から、真っ直ぐとした正直な感情しか伝わってこなかったからだろう。裏をこれっぽっちも感じさせない、言ってしまえば無邪気な声音と表情が、私の警戒心をほとんど解いてしまっていた。

 突然迷子発言をした私に、彼女はちょっと目を丸くしただけで嘲るような感情は一切見せない。

「風音だったらあっちに行けばすぐ帰れるぜ。ここ暁の風音側だし」

 それを聞いて、私は大いに安心した。風音と暁は隣町で、私の家はちょうど境界線近くに位置しているのだ。

 ライバルに頭を下げてお礼を言った私は、そこでうつむいたまま固まってしまった。突然迷いが生じたのである。風也のことを切りだすかどうか、ということで。

 不意に、今までパラパラと体に当たっていた雨粒がおさまったような気がして、私は目を瞬きながら顔を上げた。目の前の女性が傘を半分分けてくれていたのだ。

「あ、ありがとです……」

 正直驚いて小さな声でお礼を言い、私は思い切って話しかけてみた。

「あのっ、お名前聞いても……いいですか?」

 年上というだけで、体に緊張が生じる。しかし彼女は、にっと白い歯を見せて快く答えてくれた。

「そーいや言ってなかったな。アタシは月上有衣! 下橋に住んでる花の女子大生だぜーっ! まぁ年下の奴はだいたい“有衣ねーさん”って呼んでくるから、そう呼んで」

 堂々とした口調。迷いの無い声音。自分への自信に溢れているような、そんな女性だった。それなのに、全く嫌味には聞こえない。むしろこの豪快さが気持ちいい。

 やっぱり下橋の人かと思いながら、私も当然の行為として自分の名前を告げると、有衣はなぜかニヤニヤと楽しそうな笑みを口元に広げ、ひらりと手を振った。

「あぁ、知ってる。よ〜く知ってる。顔もプリ見てたからバリバリ覚えてたし」

 ハッとして、ついさっき彼女が突然私の名前を呼んできたことを思い出す。そして同時に私は、「ん?」と首をかしげていた。今の彼女の台詞を幾度も頭の中で繰り返して、軽く眉をひそめる。

「どうして知ってるんですか……? てかプリって……」

 すると有衣は心底意外そうに目を丸くして、さらりと驚きの発言をしたのだ。

「どうしてって……風也に見せてもらったんだよ」

 あっさりと出てきてしまったその名前に肩がピクリと反応するが、それ以上に彼女の台詞自体が私の頭を混乱させる。

 普通、見せるだろうか。学校の女の子と撮ったプリクラを、付き合っている女の子に……。しかも“よく知ってる”と言うほど、話すだろうか。
 加えて不思議なのが、有衣の表情。すがすがしい笑顔全開の、裏の無い表情。怒りも嫉妬も、そういう感情が何一つ見えない。

 風也の行動が理解できなくて黙りこくってしまった私に、彼女はさらに頭を悩ませる発言をしてくれた。

「てか亜弓、お前メール返してやれよー。まぁアイツそんな強制する奴じゃねぇから即刻返せとは言わねぇけど、さすがにあんな返ってこないと具合でも悪いのかって心配するぜ?」
「……え?」

 ようやく掠れた声が漏れた。

 期待が、わずかな期待が心の隅に生じ、色を失っていた頬に赤みが戻ってくる。口元に運んだ右手が小刻みに震えた。

「あ、あの……っ」

 揺れる声で気を引くと、私は体中にたまっていた感情を吐き出すように、思い切って声を飛ばした。

「彼女じゃ……ないんですか……!? 風也、の……っ!」

 それを口に出しただけで目頭が熱くなる。ギュッと唇を噛んで涙をこらえながら、真っ直ぐに彼女を見た。

 今度は、有衣が黙る番だ。それこそ目を点にして固まってしまっている。
 待っていてもなかなか返事が返ってこないので痺れを切らして口を開こうとすると、同時に有衣は強く眉根を寄せて、戸惑いを隠せないといった風に顔を歪めた。そして突然ガシッと私の両肩をつかんで真正面から私を見すえる。彼女の手から、さびしい音を立てて傘が滑り落ちた。

「彼、女って……誰が!? ……アタシがっ!?」

 急に肩を強くつかまれた私は、心底驚いて彼女の焦りに満ちた顔を凝視した。勢いに押されて、こくこくと何度も頷く。

「ち、違うんですか!?」
「違うっ!!」

 彼女は一瞬たりとも間もおかず、はっきりとそう言い切った。