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Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(9) ( No.359 )
日時: 2010/09/28 17:26
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KnqGOOT/)

 思いっきり全力で叫ばれ、私は頭の中がフラッシュがかかったように真っ白になり、ついで一気に全身から力が抜けるのを感じた。持ち上げていた腕が、気が抜けたようにゆっくりと落ちていく。そしてさっきまで一生懸命こらえていた涙が、せきを切ったように流れ出した。本当にあの日から私は泣いてばかりである。
 有衣が唖然として見つめる前で、私は両手で顔を覆ってその場にしゃがみこんだ。隣に彼女も膝を曲げて、がたがたと震える背中を優しくなでてくれる。しかしその声は、酷く切羽詰まったものだった。

「なんでっ、……なんでアタシだと思った!?」

 私は促されるままに、この間見た光景を彼女に伝えた。風也と有衣が並んで歩いていたこと。とても親しそうで、うらやましいくらいにお似合いの2人だったこと。しゃくりあげながらだったので、ちゃんと通じたかはわからないが。

 すると彼女はおでこに手をやって、しまったという風に「あ〜」と声を上げた。私は疑問符を浮かべて、涙でぬれた顔を彼女に向ける。有衣は本気で困ったという感じの途方に暮れた表情で、ボリュームのある髪をくしゃくしゃとかき回した。

「確かに仲は良いよ? よく遊び行くし。でもさ、そういうんじゃねーんだよ。なんつーかケンカ友達っつーか。……むしろ、姉弟(キョウダイ)みたいな?」
「姉弟……?」

 予想外の単語に思わず口をはさむ。対して有衣は大きく頷いて、

「そ、姉弟。まぁあっちはアタシのこと姉貴だなんてこれっぽっちも思ってないだろうけど」

にっと再び歯を見せる。

「とにかくアタシらお互い遠慮無しなんだ、良い意味でも悪い意味でもな。思ったこと、全部言っちゃうんだよ。……そのせいでケンカ友達っぽくなっちゃってるんだけど」

 ぽかんと口を開けて彼女の話を聞いていると、有衣は一瞬ためらうような顔をして言いにくそうに事実を告げた。

「……まぁ、元カノではあるけど。でもなんか恋人って感じじゃなくね?ってなった上に、周りからもカップルっぽくないって言われて結構すぐに別れたよ」
「カップルっぽくないって……」
「話してる感じからして甘い雰囲気じゃねーの、アタシら。見ればたぶんわかるよ。明らかカップルじゃねぇから」

 はぁっとため息をついて有衣は勢いよく立ち上がった。私もごしごしと目元をこすってゆっくりと腰を上げる。

 突然色々な話を聞かされて、頭の整理にしばらく時間がかかりそうだ。
 相変わらずパラパラと降っている雨が、私の感情を冷ましていくようだった。まだ呆然としている部分はあるものの、ここ最近の中では1番気持ちが落ち着いている。

 ぼうっとあらぬところを見つめる私に、ついさっきまでライバルだと思っていた彼女が、再び傘をかざしてくれた。そして励ますようにバシッと私の背中をたたくと、口端を釣り上げウインクをする。

「まっ、そういうことで、アタシは2人を応援してる側なんだぜ! いや、この前のことはマジ悪かったけどさ。ダチとしてのつもりだったから、完全に」

 嬉しすぎて口元が緩むのを押さえながら、私はふるふると首を振った。

「いえ、私の勘違いですから。それに、友達と遊ぶのもダメなんてさすがに言う気はないのです」
「マジで!? じゃあアタシ、ダチとしてなら遊んでもいい!?」

 私が頷いて、「でも私付き合ってないんで、こんなこと言う権利ないんですけど」と呟くと、有衣はガッツポーズついでにお腹を抱えて爆笑した。全身で笑うと言った方が適切なんじゃないかと思うくらい、大胆な笑い方である。
 それを見て私もつい笑みがこぼれてしまった。こんなにも人の目を惹く美女が大口を開けて遠慮なく笑い声を上げるなんて、誰が予想するだろうか。本当に、予想を壊すように覆してくれる人である。

 「ほんとお前らいつ付き合うんだよ—っ」と笑い混じりに言いながら、たっぷり1分。ようやく彼女の笑いの発作はおさまった。ちょっと名残が残っているが、乱れた息を整え、最後に大きく息をつく。
 それにしても、とどこか遠くを見つめて呆れたような声で言った。

「亜弓みたいないい奴泣かせて、ほんっとどうしようもねー奴」

 あはは……と空笑いで答えると、彼女は深く息を吸い込んで、

「マジ何してやがんだ! あンのバ風也——!!!」

ものすごい声量で叫んだ。

 “バ風也”という呼称についくすっと笑みをこぼしてしまった私の背後で、ザッと湿ったコンクリートの地面をこする音。

「ユウ、てめぇ全部聞こえてんだよ、ボケッ」

 耳慣れた声に、ハッとして思わず振り返る。

 そこに、絹のような金髪から滴を滴らせ、肩で息をした、紫苑風也その人が立っていた——