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Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(2) ( No.413 )
日時: 2010/10/05 19:11
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KnqGOOT/)


 カランカラン……と涼しげな音とともに、氷で冷やされたアイスティーが丁寧に置かれる。恵玲と水希は砂漠の中でオアシスに巡り合えたかのように目を輝かせ、乾ききった喉を十分に潤した。今日も昨日に続いて湿気の無い夏日で、いつもの集合場所に来るだけでも汗びっしょりだったのである。
 部屋中に行きわたった冷房で生き返るような気分を味わいながら、恵玲は隣の椅子に腰かけたウィルに甘い口調で尋ねた。

「今日は全員必ず来てって言ってたけど、何か特別なことでもあるのぉ?」

 頬杖をついてちょこん、と首をかしげる。
 その動作を慣れた様子で見て、ウィルは紅茶の入ったグラスに両手を包むように当てた。ひんやりと心地良い冷気が肌に染み込んでくる。

「うん、今日は任務の話じゃないんだ。任務よりも重要なこと」

 特に理由もなくグラスの中の水面を覗き込むと、日本ではあまり見かけない蒼色の瞳と目が合った。同じく珍しい銀髪は、紅茶の色と混じって原色がほとんどわからなくなっている。そして表面に映る自分の顔は、いつも以上にうれしそうにニコニコと微笑んでいた。

 おもむろに顔を上げると、ウィルの斜め前の席にいる黒髪ツインテールの水希が、彼の真似をしてグラスを覗き込んでいる。彼が小さく笑い声をもらすと水希はハッとして顔を上げ、恥ずかしそうに目を伏せた。それを見て恵玲が、わざとらしく頬をふくらます。

「ウィルくん、白波くんはぁ?」

 拗ねたような声音の恵玲を、ウィルは苦笑を浮かべて振り返った。

「もちろん呼んだよ。なんか渋ってたけど、絶対来いって言ったから来ると思う」
「ウィルくんって時々強いよね」
「え、そう……?」

 ちょっと驚いたように目を丸くするウィル。恵玲は好意的な笑みを浮かべてうなずいた。

 彼は基本的に優しく穏やかな性格であるが、麗牙光陰のリーダーであるという自覚も十分に持っている人物だ。場合によってはメンバーをしかりもするし、時にはその権威を使って命令したりもする。そういうことが適切な場面で適度にできるからこそ、皆彼についていこうという気になるのだ。
 中でも恵玲は、そうやってメンバーを引っ張っていけるウィルを尊敬しているし、あこがれてもいる。信頼、できる。

 それっきり恵玲が黙ってしまい、少しの間穏やかな沈黙が流れると、水希がふと独り言をもらした。

「久しぶりにお菓子作りしたいなー」

 恵玲が勢いよくそちらを見る。

「いいね、しよっ!」
「ぼくスコーン食べたいかも……」

 ウィルがポツリと故郷のおやつの名を呟き、2人は虚をつかれたような顔をした。

 考えてみれば彼は生まれ育ったイギリスを離れてから、もうずっと故郷の料理を口にしていないのである。今までお菓子作りは何度もしたが、クッキーやケーキという定番のものばかりだったと、自分の配慮のなさを2人共々痛感した。

 恵玲と水希は当然の流れであるかのように目配せして同時にうなずく。代表して恵玲が明るいさわやかな声音で宣言した。

「今日はスコーンで、明日の夜ごはんはイギリス料理作ろう!」

 ハッとして彼女らの顔を見、うれしそうに真っ白な頬を染めるウィル。綺麗な光を灯した蒼瞳が、かすかに揺れる。
 家を出る瞬間までずっとあたたかく自分を見守ってくれていた大好きな家族を思い出して、思わず胸が熱くなった。彼の家族は、奇異な能力を持って生まれた息子の存在を真正面から受け止め受け入れてくれる、稀な例だったのである。何でも話せる仲とはいえこれは必要な気遣いだろうと思い、麗牙のメンバーには詳しい話をしたことはなかったが。

 なんにせよ、約8年ぶりの懐かしい味だ。本場のものを食べたことがない2人がどこまで味を再現できるか楽しみだと、ちょっとしたいたずら心まで沸いてくる。

 ありがとう、とあたたかい声音でいったウィルに、恵玲と水希は照れたような笑みを口元に浮かべた。