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Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(4) ( No.448 )
日時: 2010/10/10 13:55
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KnqGOOT/)

「はいっ、風也くん!」
「……あぁ、サンキュ」

 恵玲が差し出してきたスコーンを、彼はなぜか複雑そうな表情で受け取った。

 初めて来る私の家にさすがに緊張しているのか、それとも2人で遊ぶ予定だったのにと恵玲がいることを迷惑がっているのか、とそこまで考えて、私は内心首を横に振る。少なくとも後者は確実に違うだろう。彼はそういうことにこだわるタイプではない。

 それに……と私はさりげなく彼に視線をやる。

 なんとなく予想はしていたのだが、私と風也は少なくとも外見からすればそれほどアツアツのカップルではない気がする。メールはしているのだが他の友人と同じく時間ができた時に返す程度だし、毎週日曜は必ず会おうといった取り決めも一切ない。お互い気が向いたときに流れで遊ぶ約束をするくらいである。しかも子供の頃に夢見ていたような遊園地や水族館でのデートなど実際はしたことが無く、地元をブラブラするか、ちょっと都会へ出て買い物をするかにとどまっている。
 たぶんそういう地味な付き合いをしている原因のほとんどは、私にあるのだろう。
 私は派手に遊園地に連れて行ってもらうよりは、風音で馴染みの喫茶店で他愛の無い話で盛り上がる方が楽しいし、プレゼントなども特別ねだる方ではない。メールは必ず速攻返すとか、何曜日は必ず遊ぶとか、そういう風に縛られるのは大嫌いだし、縛る側にもなりたくないのだ。
 そう言えば私達はまだ、手をつないだことすら無いように思う。

 私は内心苦笑して、意識を現実に戻した。

 視線の先では、風也がスコーンを口の中で転がしながら、部屋をキョロキョロと見回していた。

「……やたらとCDが多いな」

 CDがずら〜っと並んだ棚を目にして、驚いたように呟く。
 私が頷いて、いつも聞いているのだと口を開きかけた時。

 ものすごい勢いで廊下をかける音が聞こえ、次の瞬間ノックも無しに部屋のドアが開かれた。
 激しく嫌な予感が体中を駆け巡り、私は露骨に顔をしかめて——

「バカ姉貴に男ができたーっ!?」

 まだ声変わりしない弟の声に、頭がぐらっと揺れたような気がした。

 最近驚くべき速さで伸びてきている身長。私と同じ生れつきの茶髪はふわりと顔を包み込むようなショート。良い具合に横に流された前髪は、左側が二箇所ピンでとめられている。部活から帰ってきてまだ着替えていないのか、ジャージ姿のままだった。

 姉に対する敬意の欠片もないむしろ見下した台詞を吐いた弟に、いつものごとく頭に血が上った私は、風也がいるのも構わず全力で言い返した。

「うるっさいですよ、葵! わざわざ邪魔しに来たんですか!?」
「だってありえなくね!? 姉貴に彼氏とかっ。母さんに聞いてマジビビったぜ、ほんと! つーか彼氏めちゃくちゃかっこよくね!?」
「いいから出てってください! ほんと邪魔ですっ」
「うっわ、邪魔だって。こえー、姉貴こえー」

 息を切らして叫ぶものの、葵は全く聞く耳を持たずにずかずかと部屋に入り込んできた。私は慌ててベッドを立ちあがり、ドアの前の所で葵の腕をつかむ。
 本当に生意気すぎて腹が立つと、あからさまにため息をついた。

「何でそこで入ってくるんですか……っ」
「いや、こんなかっこいい人そう会えないから、とりあえず名前だけでも聞いておこうと思ってさ」

 リスのようにくりっとした大きな瞳をらんらんと輝かせて、葵は風也に視線を向けた。いつものことだと呆れたように見ている恵玲の横で、呆然と事の成り行きを見守っていた風也は、そこでハッとして我に返る。

「あ……オレ?」

 彼が問うと、葵はおくすことなく二度うなずいた。私はもうどうしようもなくて、仕方なく手を離す。

「……オレ、紫苑風也。お前もしかして亜弓の弟か?」
「はいっ。友賀葵、中2っす!」

 葵の台詞に、一瞬風也が目を見開いた。しかしすぐに平静な表情に戻り、私と葵を見比べる。しばらくして、「おっもしれー」と珍しいものを見たというふうな顔で呟いた。

 彼の考えていることは十分に予想が付く。大方、全然似ていない姉弟だなと思っているのだろう。唯一似ているとすれば、特徴的な髪の色くらいだろうか。性格に関しては似ても似つかない。

 すると風也はふっと何かを思い出したように視線を上げ、それをそのまま私の方に向けてきた。不審げな声音で尋ねてくる。

「お前もしかして親に話したのか? オレのこと」

 思いもよらぬ質問に、私は目を瞬いた。一拍遅れて、ちょっと気が抜けた調子で問い返す。

「言っちゃまずかったですか……?」
「いや、オレのこと知ってるんなら一言あいさつ行った方が良かったんじゃねぇかと思って」

 風也がサラサラの髪を無造作にかき混ぜながら、リビングの方に目をやる。彼の言い分に非常に納得が行った私は、葵を部屋から追い出して、風也とリビングに向かった。

 いつの間にか恵玲は、床に座ってベッドの端で腕枕をし、気持ち良さそうに眠っていた。