コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club第2話『金髪のキミにひとめ惚れ』(4) ( No.46 )
- 日時: 2010/09/01 06:42
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: 7hab4OUo)
扉を開けた瞬間、紫苑風也は誰が入ってきたかを見抜くように鋭い視線をこちらにぶつけてきた。その目つきと言ったら予想以上のもので、背筋がぞくりとするほどに冷え切っていた。瞬間思わず引き返そうと思った程である。
それでは何日も悩んで来た意味がないとどうにかその場に踏みとどまっていると、驚いたことに彼の瞳からふっと冷たく鋭いものが消えたように思えた。……まるで、警戒心を和らげたかのように。
私はそれを見て、やはり前に彼の瞳に感じたものがそうそう間違いではないことを確信したのだ。
—…この人は、何を怖がっているんでしょう…
ケンカなら、誰にも負けないでしょうに…
先程までの怯えは消え、私はそれでも張り詰めた緊張感を味わいながら、ゆっくりと屋上に足を踏み出す。なぜか彼の聖域を侵すような、そんな気分だった。
「誰だ、てめぇ」
彼がいぶかしげに眉を寄せている。彼が背中を預けて立っているフェンスがキシ…と鈍い音をたてる。
当然の疑問ではあるので、私はとりあえず安心させようと微笑んで言った。
「私、4組の友賀亜弓っていいます。あの、ごはん食べたいんですけどここ使ってもいいですか? 私1人なんで」
さらに怪しむような目でこちらを睨んでくる。ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、動く気配も目をそらす気配もない。
乾いた軽い風が一筋流れ込んできて、彼の首筋までの髪をふわりと持ち上げる。
「——失せろ」
彼は唐突にそう言った。返事がなければ乗りこんでやろうと意気込んでいた私は、拍子抜けして思わず予定外の言葉を発してしまった。
「—えっ!? ちょっとくらいいいじゃないですか! …端っこの方でいいですから、貸してください。 邪魔はしませんから」
この、不良に対するものにしては図々しい言葉に驚いた様子の彼の顔を見て、私も同じく目を見開いてしまった。
—…この人、こんな幼い顔するんですねー!
彼の普段の顔はどこか大人びた雰囲気がある。少なくとも自分と同い年とは思えない面立ちなのだ。しかし今の一瞬、いつも機嫌悪そうに睨むように前を見据える彼の瞳が予想外の事柄に揺れた瞬間、私の中で彼の年齢が幾分か下がったような気がしていた。
今度こそ返事がなかったので、私はよしっと心の中で気合いを入れコンクリート床に足を踏み出す。それから宣言通り彼からやや離れた入り口近くの角の所に腰を下ろした。そのままフェンスにもたれかかるとさっきのようにギシッとフェンスが音を立てた。
ちらっと左に視線をやると彼は変わらない体勢でまっさらな雲ひとつない青空を見つめ、そしておもむろに右手を口元にやり——
私は思わずぽかん、と彼の顔を見つめてしまった。
—…え、…タバコ!?
確かに似合う、…似合うのだが…
「…未成年、ですよね…?」
あろうことか、有名な不良にそんなことを聞いてしまった。彼のことだから、わかってやっていることなど目に見えているというのに。
案の定彼は小さな口からふうぅっと煙を吐き出し、こちらの問いに答える気配を見せない。
私はしばらくそちらを見ていたが、仕方なく視線を戻し、伸ばした膝に買っておいたパンを2つ乗せた。クリームパンとチョコチップメロンパン。まずメロンパンを手に取りビリビリと袋を破いて中身を取り出す。それから待ちに待ったお昼ごはんだ!と言わんばかりの喜色満面の表情で口を開いて——
ぶわぁっと風が吹き、空の袋がふわりと宙に浮いた。
「あ〜!」
と気の抜けた声をあげ手を伸ばすが空振り、袋はそのままフェンスを越え風に乗って飛んで行ってしまった。
「あ〜ぁ」
立ち上がってフェンスに手をかけ、袋の飛んで行った方を見つめる。
しかし幸い中身は無事なので、大人しく食事を再開しようと再び座りかけ、
彼が袋が消えた方向の空を見つめていることに気が付いた。ハッとして腰を下ろすのをやめ、同じように空に向き直る。
「…いっちゃいましたねー」
何気なくそう呟くと、彼が我に返ったようにこちらを振り返った。それから少しバツの悪そうな顔をする。
私は話題を探そうと頭を必死に回転させ、そこではたと気が付いた。
「ごはん、食べないんですか?」
さっきからタバコしか口に入っていないような気がするが。
すると彼はす…と視線を前に戻し、ようやく口を開いた。
「…食欲ねぇから、いい」
やっと声が聞けたと気持ちが高ぶる一方、彼の顔を見ていると徐々に不安が沸き起こってくる。
「もしかして具合悪いんですか? さっきから顔色が——」
「なんともねぇから黙ってろ」
こちらの心配をバッサリと切られて、自然と眉が下がってしまう。彼の白すぎる肌を見ていると、なおさらだ。
しかしこちらの台詞には聞く耳を持たないので、とりあえずその話題から離れることにした。
——私が話さなければ、もちろんあちらも話さない。
しばらくの沈黙の中で私はクリームパンにかぶりつき、それからふと思いついたことを唐突に口にした。
「——同い年でタバコ吸ってる人、初めて見ました」
どうせ無視されるだろう、と飲み物に手を伸ばしたところで、
彼が驚きの発言をした。
「……同い年じゃねぇし」
「……。——えぇ!?」
思わず声を上げると、彼はフェンスを滑るようにその場に座り、心底どうでも良さそうな声で、
「オレ、1年留年してっから」
そう言った。
声も出ない。突然の新情報に何かが停止してしまったように。
私が反応しないのを不思議に思ったのか、彼はゆっくりとこちらに目を向けてくる。そして驚いたことに口元に苦笑のようなものを浮かべた。
「なんだ。このことは噂で聞いてないんだな」
どうにか平静を保っている私は、違和感の無いようにちょっと目を避けて頷いた。
「初耳です…っ。じゃああの、紫苑くんが同じ学年にいるらしいっていう噂、一緒に入学してくるってわけじゃなかったんですね」
「あぁ」
不思議な、感覚だった。
自分が、このどっちかっていうと地味な大人しめな自分が、あの有名な不良と言葉を交わししかも会話が成り立っているのである。それに最初に警戒心を露わにされた以外、攻撃的な部分は全くと言っていい程見せていない。…タバコはまた別問題だが。
その後は、会話らしい会話はなかった。
私はひたすらパンにかじりついていたし、彼は彼で黙って空を見つめていた。…タバコを吸う手は止まっていた。
沈黙ではあったが、それほど辛いものでもない。辛いどころか、何も話していないというのに体はどんどん上気し、頬もかあぁっと熱を帯びていく有り様である。
きっと鏡に映る今の自分は、さぞかし熟れたリンゴのように真っ赤な顔をし、そして
心底幸せそうな顔をしていることだろう……