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Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(7) ( No.518 )
日時: 2011/05/01 07:36
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)

 恵玲と白波が水族館で憩いの時間を過ごしているだろう時、ウィルは出来得る限り人通りの少ない道を選びながら、“ある場所”へと向かっていた。

 ——……影晴様、金髪くんのことかなり警戒してるなぁ……

 正直、ため息をつきたい気分である。

 彼が向かっている場所は、不良のたまり場として知られている下橋。つまり、以前小松家での騒動のときに対峙した紫苑風也が住み着いている場所である。

 影晴は、麗牙光陰との対面の話の後に、まるでおまけを付け足すかのような軽い調子でウィルに任務を課したのだ。“紫苑風也のいる下橋という地域を少し調べてきてほしい”と。

 ウィルはその台詞を聞いた途端、過去を振り返って様々な後悔に駆られてしまった。
 なぜあの時、流れ……というよりも気分に任せて“麗牙光陰”を名乗るなどという軽率な行動をとってしまったのか。そしてそもそもなぜ、恵玲の予告状を送るという危険すぎる提案を飲んでしまったのか、と。

 しかし今更後悔して嘆いてももちろん遅いわけで、ウィルはせめてこの任された任務をきっちりこなそうと、下橋へと向かっているのだ。

 ただ1つ、ウィルには正直疑問に思う点があった。

 どうしてこのタイミングなのか。なぜわざわざあの事件から数ヶ月がたった今、この任務を自分に課すのか。はっきり言って、紫苑風也という人物を警戒しているのなら、事件後1週間くらいですぐに調査にいってもいいような気がするのだ。
 それにそもそもウィルは任務報告のときに、「紫苑風也と友賀亜弓はこれ以上E・Cには深入りしてこないだろう」と影晴に告げてあるのだ。
 それでもこうして下橋の調査なんてさせるということは……

 ——……ぼくって、もしかしなくともあんまり信用されてない……?

 いやいやいや、とウィルは内心勢いよく首を振る。それはない、と断言できる自分が確かにいる。今までの影晴への忠実な行動が、ウィル自身と影晴との信頼関係を確かに築いてきたと、そう思うのだ。

 ウィルは邪念を振り払うように実際に頭を振って、意識を眼前の光景へと向けた。
 どことなく、任務で行くような人気のない場所と雰囲気が似ている。雑然と並んだコンクリート壁。その一つ一つには、ご丁寧にしっかりと落書きが施されている。真っ赤なスプレーで殴り書きされているものもあれば、こちらが感心してしまうほどにデザインの良いものもあった。

 ——……確かにいかにも不良がいそうな場所だな……

 目だけを動かして様々に描かれた字を流し読みしながら、ウィルは歩を進めていった。

 下橋がどういう場所なのか全く分からないため、今は任務中にしては珍しく徒歩で目的地へと向かっている。

 彼の能力“テレポート”は、自分が頭に思い浮かべた場所に一瞬にして移動できるという極めて便利なものだが、当然のごとく制限が課せられているのだ。具体的には、“頭に思い浮かべられる場所のみ”という制限である。つまり、自分が実際に行ったことがある場所、自分の視界に入っている場所、そして究極を言えば写真に写っている場所には能力が適用されるのだが、それ以外の場合は普通の人間の能力範囲内で移動するしかないのである。もちろん普段散歩する程度であれば何も不便はないし、むしろ喜んで自分の足を使うのだが、任務となると話は別だ。当然のことながら、危険は格段に増える。

 ウィルは、なるべく足音をたてないように路地裏を進んでいく。こういうとき、自分は修行が足りないなぁとつくづく思う。いつも能力を駆使しているせいか、気配を消して移動するのがどうも苦手なのだ。

 出かけるときに確認してきた地図と、自分の歩いてきた道とを頭の中で照らし合わせて、そろそろ下橋の中心の方に近付いてきたころだと、ウィルは気合いを入れ直した。下橋がどういう場所なのかわからない以上、油断は禁物だ、と自らの緊張感をさらに高めていく。

 今自分は下橋駅から見て西側の、建物が雑多に並んだ位置にいるはずだ、と周囲に目を走らせ、そのまま建物の影に隠れつつ中央のほうに進んでいくと……

 ——……ん?……声?

 複数の声が遠く、自分の向かう先から聞こえてくる。しかも小、中学生くらいの子供たちの、随分と楽しそうな声だった。思わずその場に足を止めて耳をすましてみると、「行けっ、行けーなつきぃ! シュートォッ!」「ゴール!! すごい、なつきーっ!!」という極限に盛り上がった声が聞こえてきて、ウィルはつい頬を緩めていた。

 ——……サッカーやってるんだ……。楽しそ——

「闇組織がこんなとこで何油売ってんだ」
「——!?」

 それこそ心臓が飛び出すほどの驚きとともに、ウィルは電光石火の速さで後ろを振り返った。その視線の先には、あろうことか紫苑風也その人が無防備な体勢で立っていたのである。