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Enjoy Club 第3話『我ら、麗牙光陰——』(4) ( No.70 )
日時: 2010/09/02 14:28
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: vDb5uiaj)

 その日の夕方のことだった。
 風也は、事実上自分の家となっている“下橋”に向かうために、風音駅に来ていた。さっきまで、自分が属する“緋桜”というグループのメンバーと駅近辺をブラブラしていたのだが、皆バイトがあるため解散したのだ。風也自身は今日1日暇である。

 そこで彼は、見覚えのある人物と出くわした。

 黒髪を肩より少し長いくらいでシャギーにした、小柄な少女。確かこの間、制服のスカートが規定よりもかなり短いため注意を受けていた子だ。……私服のスカートも相当に短いが。

 風也は少女と目が合って、まともな面識もないのについ立ち止まってしまう。彼女の印象に残る大きな黒瞳が、「話がある」と言っているような気がした。

「一応はじめまして、だね。風也くん」
「……お前いつも友賀といる奴だろ。……顔しか知らねぇけど」

 風也が何気なくそう言うと、彼女はニヤッと意地悪な笑みを浮かべた。

「一応亜弓のこと気にしてくれてるんだ〜」

 不快そうにムッとした表情をする風也。
 しかし彼が口を開く前に、少女の方が空気を和らげた。

「ごめんごめん、冗談だって! それより、あたし荒木恵玲っていうの。風也くんの言う通り、いつも亜弓といるよぉ」

 恵玲は背中の後ろで手を組んで、にこっと微笑む。その笑顔を見て、風也は逆に顔をしかめた。

「お前ぜってぇ本性そういうキャラじゃねぇだろ」

 ストレートに突っ込まれて、目を見開く恵玲。

「失礼だなぁ、もうっ。あたしはいつもこういうキャラですぅ!」
「そのわりに、すげー強そうなオーラ出まくってんだけど」

 途端に。

 恵玲の表情が一変した。

 好戦的な瞳で、挑発するように風也を見つめ、その口元には不敵な笑みが刻まれる。それを風也も面白そうに見返している。

「——わかる?」
「何となくな」
「あたしと風也くん、どっちが強いかな?」

 楽しそうに首をかしげて見せる恵玲に、風也は内心ため息をついていた。

 ——……マジなケンカ好きかよ、コイツ……


 ……しかし、恵玲はすぐにその物騒な笑みを消していた。どことなく冷めたような表情で風也を見ている。

「ま、こんなとこでする話でもないね」

 こっちが呆気にとられるほどの変りようである。
 風也はやや唖然とした様子で、

「おっそろしい奴……」

そう呟いた。こんな奴と付き合ってるのか、あの友賀って奴は……と、ちょっと関わり合いになりたくない気分で恵玲に視線を向け——
 そこであることを思い出した。風也の表情を見て、恵玲が興味深げに彼を見る。

「そういやさっき、小松って奴に妙なこと頼まれてよ。友賀がお前にも協力してもらうって言ってたぜ?」

 恵玲は不審げな表情になり、首をかしげる。

「妙なことって?」
「それが、小松の奴が言うには——」





「僕の家にね、予告状が来たんだ」

 小松は、開口一番そう言った。
 「予告状!?」と亜弓と風也が声をそろえたのは言うまでもない。

 小松は再び重々しく頷くと、バッグの中から1枚の見開きのカードを取り出した。これが今朝、ポストを見たら入っていたのだと言う。
 カードにはパソコンのごく普通の字体で、数行の文章が書いてあった。


「“5月1日の午前零時に、例のモノをわたしてもらう”——?」


「何ですか、例のモノって」

 カードから顔を上げて小松を見ると、彼は探偵の真似をするように顎のあたりに手を当て、少し声のトーンを抑えて言ったのである。

「実はぼくの伯父は、ジャーナリストでね。結構色々と危険なことにも巻き込まれたり巻き込まれなかったりっていう生活を送っているんだけど……。ある日家に駆け込んできたんだ。“まずい写真を撮ってしまった!”ってね。僕には詳しいことは教えてくれなかったけれど、とりあえず警察の人達にとってバレると大変なところを盗ってきちゃったみたいで……」

「じゃあ警察に追われてんのか?」
「いや……」

 小松は首を横に振って、カードの一番下の部分を指した。




「この、“E・C”っていう闇組織に追われてるんだ——」







 ——恵玲は、サ…ッと全身から血の気が引くのを感じた。



 そっぽを向いて話す風也はそれに気付かずに、同じ調子で続きを伝える。

「そんで、一応元々警備は雇ってるからそいつらをつかせるらしいけど、そのE・Cっつー奴らがかなり強いって噂ならしくて。オレにも手伝ってほしいんだと。……マジ謎だゎ」

 そう言って前髪をかきあげ、風也はふと恵玲に視線を戻した。恵玲は慌てて普段通りの表情を取り繕う。

「でっ? 風也くんはOKしたの?」

 風也はふぅっと息をついて頷いた。

「あぁ。結構面白そうな話だしな。……友賀も来るってよ。素人が来たって危ねぇだけだっつーのに……」


 恵玲は、全身が凍りついたような気さえした。背筋をひんやりとしたものが伝っていく。


 さすがの風也も、彼女の変化に気が付いた。しかしまさか、目の前のこの少女がその予告状を出した張本人だとは露にも思わず、わずかに眉をひそめるにとどまる。

「お前、大丈夫か…? 顔色が——」
「平気平気! ちょっと冷えてきたかな、薄着してきちゃったし。……ごめん、あたし風邪ひく前に家帰るね! それじゃっ」

 恵玲は無理矢理にこっと笑って、逃げるようにその場を去っていった。

 冷や汗が、頬を伝っていた……。