コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(16) ( No.709 )
- 日時: 2010/11/30 20:34
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: vDb5uiaj)
しばらくすると、自然と皆あるべき位置に戻っていった。主の影晴は元座っていた立派な椅子へ、麗牙光陰の4人は扉から2、3メートル進んだところへ。
会えた喜びをせき止められずに表に出し切った恵玲と水希は、少しの間恥じらうような表情を見せたものの、ウィルの所に戻る頃にはすっかりいつもの顔に戻っていた。恵玲なんか特に、実に頼もしく意志の強い光をその瞳に宿している。彼女らが戻るとウィルは小さく頷き、慣れた動作で片膝をつき頭を下げた。彼の一歩後ろに横に並んだ3人も、当然のごとく彼に従う。
「3人に代わって。お久しぶりです、影晴様」
ウィルは部屋に入るときと同じく改まった感じの、落ち着いた声音でそう言った。その声を耳にしたとたん、恵玲は一気に身が引き締まるのを感じていた。自分の息使いがやけに大きく聞こえる。
影晴はあくまでゆっくりと、組んだ両手を膝にのせて軽く前かがみになる。先程の2人の行為を無礼だとみなす気配はまったく無く、快い表情でうなずいた。
「元気そうで何よりだ。白波も元気にしてたかい?」
一拍おいて白波が肯定の返事を返す。頭を下げている4人は、影晴の顔にうっすらと浮かんだ意地悪な笑みには気付かない。
そしてなにやら楽しそうに小さく笑い声をもらした影晴は、ふと思い出したように、顔をあげるよう彼らに指示をした。ウィルと白波は割合あっさりと従ったが、残る2人はちょっと躊躇いがちにおずおずと顔を上げていく。そして主が正面の奥のほうにいることを再確認して、嬉しげに自然と頬を緩める。
すると影晴は、ちらっと入口の扉に目をやってから再びこちらに視線を戻し、そして——……
「——さて」
そう切り出したときの影晴の声は、物騒な響きを充満に含んでいた。
「本題に入ろうか」
部屋の空気が一変した。主の目は、笑っていない。
ぞくりと背筋に寒気が走り、恵玲は体を硬直させた。横目に水希を見ると、彼女も表情を凍らせ、まばたきもせずに目を見開いている。今口の中の空気を吐き出したら、白い息でも出てきそうな、そんな冷気が恵玲の身を包んでいた。
4人の反応を確かめるように視線を横に流して、影晴は空気を凍らせたまま話を続ける。
「なぜ、ここに4人そろって呼んだのか」
ゆらりと、影晴は立ち上がった。それだけで、空気の重みが増す。息が、詰まる。
まるで図っているかのように、彼はゆっくりと、もったいぶったようにゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。かかとから爪先へ絨毯を踏んでいくのが、息苦しいほどにはっきりと感じられた。……足音まで聞こえてくるようだ。実際ではありえない、重く響く足音が。
——……なに、これ……
この異常な空気に混乱して、恵玲は影晴の顔を凝視していた。目がそらせなかったのだ。その不気味なほどに凪ぎ、どこか狂気を含んだ、その隻眼から。
極度に張り詰められた空気の中、果たして影晴はあくまで口元だけに笑みを浮かべて言ったのだ。
「闇組織E・Cの勢力範囲を、大幅に拡大する」
思わず2、3度まばたきを繰り返した。体の中に氷柱が生じたような寒気に襲われる。
彼を金縛りにかかったように凝視し続けることしかできない恵玲に代わって、ウィルがどうにか言葉を発した。
「なん、で……そんなこと、する必要が……っ」
そこでウィルが、くっと息を呑んでわずかに身を引くのがわかった。そして同じく恵玲も、ついた片膝を半歩引いている。
影晴が笑っていた。満面の、笑みで。
「“なんで”……? そんなこと、君たちが気にする必要こそまったく無いよ。君たちはただ、今まで通りこちらの指示に従ってやってくれさえすればそれでいい」
冷え切った声音。どこまでも凪いだ、ぬくもりなど消し去ったような音。
自分の耳が信じられなかった。自分の目が、感覚が、信じられなかった。
そこでふと、
影晴から物騒な空気が一気に消失した。こちらが脱力してしまいそうなほどにあっさりと、前触れなく。周囲を取り巻いていた冷気も、霧散し消えていった。
「……なんて」
影晴は、意地悪く笑ってみせた。冗談だ、という風に。
「大丈夫。範囲が広がるだけで任務内容は変わらない。君たちは何も心配しなくていい」
すぅっと意識して空気を吸い込む。結局勢力拡大に変わりないではないか、なんていう疑問は心の隅に追いやられる。一度強く瞼を閉じた後、恵玲は改めて影晴の姿を視界に入れた。
すっかり、元に戻っていた。つまり、彼女らが来た直後の穏やかで寛大な雰囲気に。
一瞬、自分は馬鹿な夢でも見ていたのではないかという錯覚に襲われる。今の、1分に満たないような時間、自分はあろうことか主のいるこの場で眠ってしまっていたのではないかという錯覚に。
しかしそんなことはどう考えたって起こり得ないことだし、それ以上に、
体が、覚えている。握ったぬるっとした汗が、まだ手の中に残っているのだ。
恵玲は張り詰めていた空気が緩んだことでほっと息はついたものの、自分の中に生まれた畏怖感を完全にぬぐいさることはできなかった。