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Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(16) ( No.710 )
日時: 2010/11/30 20:36
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: vDb5uiaj)

 皆が幾分か体の力を抜いて口の端に曖昧な笑みを浮かべるのを見て、影晴は突然声をあげて笑った。それはちょっとだけ4人をからかうような色を含んだ明るい声で、逆に恵玲たちの心を安心させた。恵玲の一歩前で片膝をついているウィルが、つられたように細い肩を震わす。恵玲はそれを見て自分も頬を緩めながら、隣にいる水希と視線をかわして意味もなく笑みをこぼした。

 それは、傍から見たら異様な光景だったかもしれない。恵玲自身、なぜ自分が笑っているのか、本当のところよくわかっていなかった。その中で唯一固い表情のままの白波は、少しだけ視線をそらして何もない床を見つめている。

 しばらくして影晴は、目じりににじんだ涙をぬぐいながら笑い混じりに言った。

「そう言えば、紹介したい人がいるのを忘れていたよ」

 そう言って影晴は、4人の背後——斜め後ろの方に目を向けた。そちらに視線を流す際、彼の視線が一瞬だけ扉の方に向くのを恵玲は見逃さなかった。

 ——……まただ。影晴様、さっきから何かを見てる

 ちょっとだけ眉をひそめつつ、彼の指す方向を何気なく振り返ると、

「あ……」

思わずといったふうに、ウィルが声をもらした。

 扉の左手……その壁際に、スーツを着込んだ1人の若い青年が身じろぎもせずに立っていた。
 すらりとした長身。何年も日に当たっていないような青白い頬に、焦点がはっきりと合わないぼんやりとした瞳。唇はただ閉じられているだけで、そこには何の表情も浮かばない。パサパサとした乾いた髪質の茶髪は、毛先にいくほど色が濃くなり黒に近付いている。その髪は所々いい具合にはね、1番長い部分は肩に触れる程度。

 ウィルとは違い、その青年に全く見覚えのなかった恵玲は、何の反応も示すことができなかった。

「私の助手の天銀だ。ウィルには紹介したことがあったね」
「はい」

 ウィルは頷いて、天銀と呼ばれる青年のほうに丁寧にお辞儀をする。対して彼は、無表情のまま顎を1ミリ程度引くにとどまった。ほとんど動いていないに等しいが。
 その少しだけ異様な雰囲気をかもし出した青年に、恵玲は正直親しみはわかなかったが、主の助手だということで最低限の礼儀は尽くすことにした。つまり、ちゃんと彼に向き直って片膝をついたまま頭を下げた。

「麗牙光陰の荒木恵玲です。知ってるかもしれないですけど、“アクション”の能力を持ってます」

 すぐに水希も倣って自己紹介をする。その間天銀はちゃんと聞いているのかどうか怪しい様子で、ぼうっと興味のなさそうな顔をこちらに向けている。
 そして当然のごとく、順番は白波のほうまで回ってきた。恵玲が横目で見ると、なぜか彼は唇を引き結んでじっと天銀を見ていたが、数秒後渋々口を開きかけて——……


「何者かが侵入したようだね」


 不気味に響いた影晴の声に、皆が一斉に主を振り返った。彼の薄い唇には、なぜか淡い笑みが浮かんでいる。腕を組んで入口の扉をじっと見つめるその目には、棘のような光が灯っていた。

 扉の前には誰もいない。そしてもちろんあの立派な扉の向こうが、見えるわけがない。……普通なら。

 ——……影晴様、さっきから何を見てるのかと思ったら、“透視”で扉の向こうを……

「侵入者、ですか……?」

 ウィルの顔が不安にかげる。恐る恐るといった声音だ。

 恵玲も水希と顔を見合わせ小さく首を傾げた後、その視線を扉へと移した。そしてそらすことなくじっとそれを見つめたまま、ゆっくりと立ち上がる。その黒瞳はわずかな警戒心と、それを大幅に超える自らの力への自信とで彩られていた。
 彼女に続いてウィルらも立ち上がり、じっと扉に目を凝らす。皆の視線が、一点に集中した。

「影晴様」

 そう言葉を発したのは、恵玲だった。視線はそのままに、後ろにいる主へと声を飛ばす。警戒した空気に包まれるこの空間で、異様に芯の通った余裕のある声だった。現に彼女は舌なめずりをし、片足を半歩引いて、いつでも動ける体勢となっている。

「あたしが追い払ってきましょうか?」

 彼女の声が、じんわりと広がるように不気味に響く。白波がちらりと横目で彼女を見る。

 しかし。

「——いや」

 背後からの主の声。彼女以上に余裕を感じさせる、落ち着いた、それでいてどこか鋭利な刃を思わせる声。彼もまた、周囲を取り囲む張り詰めた空気からははっきりと浮いていた。 

「もう、着いたようだよ」

 ウィルと水希が目を見開いて後ろを振り返り、影晴を見る。対して恵玲は視線を外さないまま、いつでも能力を使えるように気持ちを高め——……


 バタンっと音を立てて、両開きの扉が乱暴に開かれた。


 そして、その扉の向こうから姿を現した人物を視界に入れて、
 呼吸が、止まった。
 同時に周囲から一切の音という音が消え去り、強烈な金縛りにあったように全てが動きを止めた恵玲の世界を、

 よく知った声が突き破った。


「——恵玲!」


 背中まで真っ直ぐに下りた茶色い髪。その左上部だけを結った白いファーボンボンのシュシュ。こちらに負けないくらい切羽詰まって見開かれた、穢れのない瞳。

 声を出そうとしても喉の奥でつっかえて思うように出ず、空唾を飲んで、幾度か口をパクパクとさせ……
 息が止まりそうな苦痛にかられながら、ようやく掠れた声を発した。


「あゆ、み……!?」


 恵玲の震える大きな黒瞳には、友賀亜弓と紫苑風也2人の姿が、嫌というほどはっきりと映っていた——……