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Enjoy Club 第7話『友を取り巻くモノ1』(4) ( No.785 )
日時: 2011/01/08 10:26
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: 1/l/Iy6H)

 全員の動きが止まったところで、部屋中に沈黙が流れた。触れればすぐにでも爆発してしまいそうな、重苦しく刺々しい緊張感に満ちた沈黙だ。やがてその沈黙に、風也のあからさまな舌打ちが響いた。
 本当ならもっと吹き飛ばすくらいに命中させたいところだったのだ。しかし当たる寸前にウィルが本能に任せてぐっと顔を後ろに下げたことで、直撃には至らなかった。それでも骨に響くようなしびれを伴う鈍痛が彼の頬を襲っていることに変わりはないだろうが。

 赤い頬を手で押さえて体勢をもどしながら、ウィルは眉を辛そうに寄せて唇をかむ。そんな彼に風也は低く殺気をこめた声で言った。

「さっきあの男が恵玲に約束したこと、忘れたわけじゃあねぇよなぁ」

 ——“亜弓に危害は与えない”

 風也の元々鋭い眼光を放っているつり目がさらに剣呑なものとなり、底光りするようだった。彼の純粋な怒りの感情が一気に膨張してそれが圧力となり、ウィルの心を押しつぶしていく。ウィルの顔には一切の余裕はなく、今後どう出るべきかを真剣に考えているようにも見えた。

 不意に、それまで痛みに潤む瞳で風也を苦しげに見返していたウィルが、息を吸い込むと同時に大きく目を見開いた。ウィルへの怒りに心を満たし全意識をそちらにやっていた風也は、眼前のウィルのその表情を見る瞬間まで、自分の背後に忍び寄る気配に全く気が付かなかった。
 弾かれたように背後に向かって意識を飛ばす。体内に巨大な氷柱が生じたように背筋を悪寒が駆け抜け、冷や汗が全身ににじみ出る。背後に立っているのが誰なのか、その人物が自分に何をしようとしているのか。そういったことを考えるよりもまず先に、驚くべき速さで体が反応していた。
 つまり風也は後ろを振り向きざま、目に見えぬ速さで回し蹴りを放ったのだ。それは空間を真っ二つに切り裂くような鋭い一撃だった。
 そしてその蹴撃が直撃する寸前、彼は背後に忍び寄っていた人物が誰なのかをようやく認識していた。元々激しく鼓動を打っていた心臓が、その瞬間さらに強く音を立てた。

 ——……天銀!?

 それは先程まで無気味なほどに何の動きも見せずに、窓際に無言で佇んでいたはずの、天銀。その不気味な男の底無しの無感情な瞳と目が合い、風也は一瞬強い寒気を覚えていた。

 風也の足が天銀の脇腹辺りをとらえるのと、天銀の冷たく細長い指先が風也の首筋に触れるのはその直後、ほぼ同時だった。
 天銀の長身があっけなく吹き飛び、無抵抗に幾度か床にたたきつけられた後、元居た窓際の辺りにうつぶせの状態で静止する。しかし数秒後、彼はすぐに片肘をついて身を起こそうとし始めた。上半身を起こしたところで軽くせき込んではいるが、それほど大きなダメージは無さそうである。
 それもそのはず。風也はその蹴撃に全力を込めてはいなかった。蹴りつける瞬間、天銀は完全に無防備な体勢であり、かつ恵玲のようにガードができる様子も全くなかった。そのため風也は、足を振り切らずに衝撃をかなり弱めていたのである。

 それに対して。
 風也は自分自身の身体に起きた明らかな異変に、戸惑いと焦りを隠せずにいた。

「な……っ」

 ——……なんだ、これ……っ

 先程蹴り飛ばす瞬間、自分の首筋にわずかに触れた天銀のひんやりとした指先。てっきりウィルのように背後から手刀をたたきつけようとして、それが不発に終わったのかと思っていたが、とんだ思い違いだったようだ。

 今や風也の視界はぐにゃりと大きく歪み、自分のいる位置すらまともに認識できなくなっていた。床が上にあるのか下にあるのか、いやそれ以前に自分の足はちゃんと地についているのか。世界がひっくり返ったような錯覚を覚え、当然ひどい吐き気が生じた。おぼつかない足元に焦燥感を駆り立てられながら、風也の頭の中は掻き回されたように混乱していく。

 ——……天銀の野郎、なにしやがった……!

 す……と意識が遠のいていく。霞がかかったようにぼんやりと虚ろになっていく思考。体温が体の中心から外へと広がるように急速に落ちていくのを生々しく感じ取って、信じられない思いで右手で額の辺りを抑えつけた。

 亜弓と恵玲が戸惑ったように自分の名を呼ぶ声が聞こえる。それに混じって頭の中に響く、先刻の白波の声。

 ——“天銀には気をつけろ”

 ——……ははっ、こういうことかよ

 自分が倒れたら亜弓が危ない。それが痛いほどわかっているというのに、天銀の謎の能力にあらがうことができなかった。あらがう術を、知らなかった。ただただ自分の身体から急速に力が抜けていくのを、痛恨の気持ちで受け入れることしかできなかったのだ。

 一瞬だけ、風也の口元にひどく自嘲気味な笑みがこぼれた。直後、それまでどうにか保っていた彼の意識は糸が切れたように途絶え、がくんと膝から力が抜けた。彼の細身の体がうつぶせに冷たい床に崩れ落ちる。
 意識を手放す直前、ゆっくりと床が迫ってくるのを不思議な気持ちで見つめながら、彼の頭の中を様々な後悔の念が駆け巡った。そして落ちる瞬間まで見ることはなく、彼の視界は一瞬にして隙間のない黒に染まっていた。