コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第7話『友を取り巻くモノ1』(5) ( No.798 )
- 日時: 2011/01/08 10:26
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: 1/l/Iy6H)
- 参照: 時間の前後(?)がわかりにくかったら言ってください
「ウィル、2人が闘っている間に友賀さんの方を手刀で眠らせていおいてくれないかい? 紫苑くんは少々厄介だから恵玲と天銀の能力で動きを止めるしかないけれど、彼女にはその必要はないからね。それに今やればきっと紫苑くんの隙につながる」
それがつい4、5分前に影晴に言われた言葉だった。ウィルがまだ白波や水希と並んで、2人の激戦を見守っている最中のことだ。いつも通りの、任務の指令を出すときのように穏やかな声音でささやくように言われたその台詞に、ウィルは一瞬肩を震わせてぎこちない動きで後ろの主を振り返った。おそらく今の自分はものすごく不審げな顔をしているのだろう。主の言葉に様々な疑問が浮かんでは消えたが、彼は1番気がかりな部分だけを口に出して尋ねた。
「友賀さんに、ですか……?」
正直言ってそれはあまり気の進まない話だった。彼女はこちらに危害を与えることなくただ茫然と立ちすくんで2人の様子を見つめているだけだったし、なんて言ったって女の子だ。それも能力を持たない、ごく普通の。しかも恵玲が、彼女には手を出さないでと最初に申し出ているのである。
すると影晴はウィルの気持ちを察しているかのように眉を下げて、彼自身も気乗りのしていなそうな声で言った。
「仕方がないんだ。どちらにしろこのまま帰すわけにはいかないからね。君には手刀のやり方はマスターさせてあるし、怪我さえさせなければ恵玲も怒らないだろう」
ウィルの瞳が戸惑ったように揺らぐ。
影晴はさらりと言ってのけているが、怪我をさせずに手刀で気絶させるということは口で言うほど簡単なことではない。少しでも位置を誤れば大怪我につながる可能性だって大いにある。しかしその反面、影晴の言っていることが間違っているわけでもなかった。ウィルのテレポートの能力は便利ではあるが、恵玲たちの能力のようにいざという時攻撃手段にならないという欠点もある。そのため1人のときでも敵を退けられるように手刀はえとくしており、その正確性についてはある程度の自信も持っているのだ。
それに、とウィルは諦めにも似た気持ちで内心首を横に振る。怪我をさせずに相手を気絶させる方法なんて他にはないだろう、と。
しかしそこで、彼の頭にふとある考えが浮かんできたのである。
——……白波なら麻酔銃とか持っているんじゃ……
直後、ウィルは自分の考えを振り払うようにギュッと目をつむり小さくかぶりを振っていた。自然と体の横で握ったこぶしに力が入る。引き結んだ唇をきつく噛んだ。
少なくとも彼は、白波がそういう類のものを使っているのは見たことがなかった。いつだって実弾だったし、銃は相手を威嚇するために使うことがほとんどだった。そして何より……
これは主、大崎影晴の指令なのである。それを一瞬でも他の力に頼ろうとした自分自身にウィルは情けない思いでいっぱいになった。
ウィルの、亜弓の方を見つめる蒼い瞳に、強く真っ直ぐな光が戻っていた。一度決意を固めてしまえば、指令を出すのは自分が深く尊敬し信頼する主なのだと再確認してしまえば、彼の気持ちは頑ななほどに揺るがない。
心配そうな顔でこちらを見つめる水希を安心させようと微笑んで、ウィルは影晴を振り返り、頼もしくうなずいた。
そして時は“今”に至る。天銀と接触した風也が突然様子を変えた“今”に。
自分の斜め前の位置にいる友賀亜弓は、体が硬直してしまっているのか全く動けないようだった。無理もない、とウィルは思う。彼女は自分たちと違ってごく一般的な普通の女の子なのだから、と。そして扉に手をつきながら彼女と同じく風也の様子を見ていたウィルは、今目の前で起きた一瞬の出来事に強い戦慄を感じずにはいられなかった。
あの紫苑風也が、自分なんか全く歯が立たず恵玲でさえかなり手こずるほどに強い彼が、天銀と一瞬交錯しただけで完全に動きを止めてしまったのだ。彼の元々白い頬からさらに赤みが抜け、最初は驚いたように見開かれていたつり目も、今は半ば閉じられぼんやりとかすみがかったようになっている。何か苦痛に耐えるかのように歯を食いしばっているのがわずかに見える。伏せられた顔を、さらさらとさわやかな音の聞こえてきそうなストレートの金髪が隠すように覆った。今にも倒れそうなのを必死に耐えているのが、おぼつかない足元を見ればすぐに察せられた。
背筋を寒気が走る。男性にしては大きな目を見開いたまま、ウィルは風也から視線を外せなかった。
——……あの人——天銀さんの能力って、いったい……!?
その時だった。
「——風也!」
こちらに背を向ける形で立ち尽くしていた亜弓が、ようやく金縛りから解き放たれたかのように悲痛な声で叫んだのだ。その勢いで彼女の右足が一歩だけ踏み出される。そしてその瞬間、それまで呆然と風也の様子を見つめていたウィルは、目が覚めたように自分に与えられた役目を思い出していたのだ。先程は予想外の展開の中失敗してしまった、任務を。
風也のさらに向こう側、白波と水希よりも一歩後ろに悠然と立っている影晴に視線を投げる。すぐにこちらと目を合わせてきた彼は、いつも通り穏やかな余裕のある笑みを浮かべて、はっきりとうなずいた。
それを見た後のウィルの行動は素早かった。口の中でテレポートと呟き、大した距離はなかったが亜弓の背後に瞬間移動する。そして手刀をたたきこむべく腕を引きながら、ちらりと一瞬風也を横目に見た。もうとうに限界は超えていたのだろう。彼の細身の身体が足元から崩れ上半身がそれにつられてかしいでいくところだった。
——……どちらにしろ気絶させなくちゃいけないなら、彼が倒れる瞬間なんて見せない方がいい……
ウィルは一度強く唇をかんだ後、亜弓の耳元でささやいた。
「——ごめんね」
直後、亜弓が反応する間もなく、彼女の首筋に正確にたたきこまれる手刀。糸が切れたように力を失って前方に倒れかかった彼女の身体をウィルが左腕で支えるのと、風也の身体が床に崩れ落ちるのとは、ほぼ同時だった。
まるで風が吹いたかのように乾いた空気の流れを頬に感じる。しばらくの間、部屋の中には緊張や畏怖、そして確かな安堵を含んだ乾いた沈黙が流れていた——……