コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第7話『友を取り巻くモノ1』(7) ( No.871 )
- 日時: 2011/02/19 08:54
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
そして、ウィルが再び月下の2人に目をやるのと、こちらにぴんと伸ばされた腕を黒縁眼鏡の青年が押さえるのはほぼ同時だった。
「迅。あまり人に向かって指をさすな」
よく通りそうな、ほどよく低い張りのある声。先程扉の向こうから聞こえた声と同じものだった。
ということはやはり、とウィルは無意識にこぶしを握って一歩前に踏み出す。「いいだろ別に!」とぎゃんぎゃんわめいている迅を適当にあしらっている青年に向かって、固く緊張した声で彼は尋ねた。唇が、震えた。
「……キミが月下白狼のリーダー……で、いいのかな?」
ウィルの声に反応して、月下の2人が同時に振り返る。二拍ほど置いてうなずいたのは、案の定ウィルが問いかけた方の、まだ名前すらわかっていない青年だった。
「あぁ。俺が月下白狼のリーダーだ。お前がそちらのリーダーで合っているな?」
ずいぶんと自信の見える言い方だった。そしてそれ以上に、彼は麗牙と会うことを予想していたのだろうかと考えてしまうほどに、平静な声だった。
それを聞いたウィルは、自分の中に沸き起こっていた驚愕や緊張、そして心地よい高揚感といった感情が、急速にしぼんでいくのを感じていた。それくらい彼ら——特にリーダーの自分達との対面に対する反応は、明らかに冷めていたのである。迅の先の興奮した台詞はE・Cがどうこうという話ではなく、恵玲個人に向けられたもののようだしと、ウィルは突如ひどい空虚感に襲われながら、自嘲気味な笑みをこぼしていた。月下が——仲間がいると知った時本気で喜んだことを思い出して、置いてきぼりをくらったような虚しく惨めな感情が胸の内にじわじわと広がってきたのだ。
しかしウィルは、すぐに気を取り直し、己の心に活を入れた。まだ月下の2人と出会ってほんの数分。もっと親しくなれば、彼らの印象も変わってくるかもしれない——そう、信じて。
ウィルは唇で緩く弧を描き、相手をほっとさせるような柔らかな表情を浮かべて、相手の問いにうなずいた。
「うん。ぼくは麗牙光陰のリーダー、ウィル=ロイファー。よろしく」
それから、近くにいた恵玲から順に手で示しつつメンバーの名前を紹介していく。恵玲達もウィル同様複雑な心境なのか、どことなくぎこちない様子だった。
一通り名前の紹介が終えたところで、皆の視線が月下に集まる。「なんで麗牙の女子2人はすげー可愛いんだ」と未だにぼやいている迅を横目に、月下のリーダーが口を開いた。
「篠原扇だ。呼び方は普通に扇でいい。それと、こっちは神崎迅」
名前を出されて迅が驚いたように扇を見、それから「……どうも」と素っ気ない挨拶をする。突然テンションが上がったりすねたような態度になったり、わかりにくい子だなと、ウィルは恵玲と一瞬視線を交わしあちらに気付かれない程度に苦笑をもらした。
と、そこで扇の芯の通った声が、今まで完全に傍観していた人物に向けられた。
「で、そろそろどうして迅が呼ばれたのかを教えてもらえませんか、主」
その呼び方に、言葉の響きに、なぜか心臓がドクンと音を立てる。
しかし、普段から扇にはそう呼ばれているのだろう。特に驚いた風もなくうなずいて見せた影晴は、静かに月下の2人に近づいて行った。彼の足が一歩一歩丁寧に床に下される、それだけで場はそれまでとは違う空気に包まれる。ウィルはほうっと吐息をもらしたいような、不思議な気持ちになっていた。
迅から2、3歩離れたところで足を止め、影晴が2人の顔を交互に見る。ウィルからは主の背中しか見えないが、彼はきっと今も穏やかな寛容な笑みをたたえているのだろう。
麗牙の4人が黙って成り行きを見守っていると、影晴はす……と右腕を持ち上げ、壁にもたれかけてある亜弓と風也を示した。
「……E・Cのことが彼らにバレてしまってね、迅の能力を借りようと思ったんだ。君の能力で彼らの記憶を消してほしいんだが……いや、その前に」
一度言葉を切って、影晴はふっと慈愛のこもった声で言った。
「迅も久しぶりだね。どうやら元気そうだが、皆とは仲良くやっているかい?」
迅も恵玲や白波、水希と同様影晴にはずっと会っていないはずである。主の問いかけにちょっと顔をしかめた迅は、気持ちうなずいて頭を下げた。「お久しぶりっす」とよくわからない敬語で言ってから、迅は気乗りしなさそうな声でつづける。彼のちょっと割れた声は相変わらずで、別に先のように叫んだときだけではなく、元々の特徴のようだ。
「……まぁ一応元気っすよ。仲いいかはわかんないっすけど」
影晴から視線をそらしながらそう吐き捨てるように言い放つ迅。くっと影晴が肩を震わせて笑うのが見えたが、それを見ているウィルはあまり穏やかな気分ではなかった。迅の態度が、彼の目にはひどく失礼に映ったのだ。
少し顔を曇らせたウィルの視線の先で、迅が面倒くさそうに頭をかきながら亜弓と風也の方を見る。影晴が、「さっきの件は大丈夫かな?」と尋ねると、彼は気だるげにそちらに歩きだした。
「……了解っす」
それを扇が横目で見、眉間に薄くしわを寄せていた。