コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第3話『我ら、麗牙光陰——』(7) ( No.88 )
- 日時: 2010/09/01 06:56
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: 7hab4OUo)
重いほどの暗闇だった。
住宅街からやや離れた所に立っているせいか、人家や遅くまで営業している店々の明かりがほとんど無く、加えてこの辺りは街灯も少ない。この空間から唯一浮くような状態で明かりを放っているのは、今、全敷地重大警戒中の小松宅の大屋敷である。だだっ広い庭も、すぐに侵入者に気付けるようにほんのりと明るく照らされ、もちろん屋敷内は全ての部屋の電気が灯されている。
その屋敷の2階、1番奥の大広間で。
私——友賀亜弓と紫苑風也、そして荒木恵玲が、待機状態に入っていた。
広間は入った瞬間呆気にとられるほど広く、そして悠々とした場所だった。これだけの広さがありながら家具があまり置かれず、絵画などの装飾品ばかりが飾ってあるため、一般庶民からすれば何て無駄なスペースだろう、と思わざるを得ない環境である。
言うまでもないが、この部屋には私達以外にも3人の警備員が臨戦態勢をとっている。
そして私達を含めた6人の視線の先には、
今回の組織の獲物である、フィルムが置いてあった。
まるで見せつけるように、透明なガラスのケースに入れられている。小松家の人々が何を考えているか知らないが、もっと頑丈なケースに入れるべきだし、さらに言えばこんな、盗ってくれと言わんばかりの状況にすべきではなかったと思う。
しかし勝手な偏見ではあるが、私みたいな庶民の提言なんか聞き入れてもらえないだろう。正面に立っている警備の男性も、いかにも頭が固そうだ。
そんなことを考えながら、ガラスケースから2、3メートルの距離を置いてぼうっとそれを見つめていると、不意にバサバサ…ッと何かがはためく音がした。私は必要以上にびっくりしてそちらを振り返る。
……両開きのドアの反対側にある、大きな窓のカーテンが、風にあおられて音を立てただけだった。その窓は、入り口の立派なドアと同じくらいの大きさがあり、カーテンもすごく高級そうなデザインのものである。
ほっと胸をなでおろし、ふぅっと息をつくと、さっきの頑固そうな警備員が慌てたように窓に駆け寄る。
「窓が少し開いているかな……?」
音をたてないように丁寧に窓を閉め、カギをかける。
その向こう側の小さな人影に、彼は気が付かない……。
「今日は風が強いね」
別の若い警備員がそう言って笑いかけてきた。
私達は今、ガラスケースを囲むように円になって立っているので、ケースを挟んで言葉を交わすことになる。
左隣の金髪の彼は答える気配がないので、私はやや固くなりながら返事をした。
「そうですね。……一瞬E・Cの人かと思いました……」
「お兄さん達は、ずっとここで働いてるんですかぁ?」
恵玲が横から出てきて興味津々という風に尋ねると、“お兄さん”と呼ばれた警備員は一瞬見惚れるように目を見張って、すぐにそれをそらした。意味もなく上着の襟元を整えている。
「そうだよ。……君達は——」
彼はゆっくりと私達3人を見回し、感心したように言った。
「ケンカが強いらしいね。……そこの金髪の子は確かに強そうだけど、女の子2人もそうなのかい?」
私が、「いえ、私はちょっと……」というより先に、隣にいた恵玲が突然私の腕に飛びついてきて、
「いいえ〜。あたしとこの子はケンカできないんですぅ。ついてきちゃっただけで」
そう言ってのけた。私はしら〜っとした目つきで彼女を見るが、全く相手にされない。それどころか驚いて声も出ない様子の警備員に向かって、満面の笑みを浮かべる。
「でも大丈夫! さっき風也くんが、敵の手から逃れる術を伝授してくれたんで」
「……んなもん伝授してねぇよ」
突然話を振られた彼が、心底迷惑そうに恵玲を見る。
一方私は、やっぱり納得がいかない気持ちで未だ腕にしがみついている恵玲を見下ろした。
どうやら彼女の宣言は本当らしい。元々、ケンカが強い恵玲がいたら頼もしいだろうと思って誘ったというのに、これでは何のために来たのか全く分からない。……初めから役立たずなことが分かって来ている私に言えた台詞ではないが。
私はこのお兄さんなら話しやすそうだと思い、先程の疑問を口にしてみた。
「あの……こんな分かりやすい所に置いちゃって、大丈夫なんですか?」
部屋のど真ん中に置かれた、1メートルくらいの高さの台と、その上のガラスケースを目で示す。
すると警備員は目を光らせて、好奇心でうずうずした表情で、秘密を打ち明けるように囁いたのだ。
「実はこのフィルム、偽物らしいよ」
「……え?」
「本物は地下のある小部屋に隠してあるって」
私は目を丸くして、恐ろしいものを見るようにゆっくりとフィルムに目を向ける。ようやく離れた恵玲のフィルムを見る目つきは、睨むように鋭い。
私が眉をひそめて恵玲の名を呼ぶと、彼女は見事なほど自然に元の表情に戻った。可愛らしく首をかしげて、
「でも、フィルムって何となぁく懐かしいですね〜。最近デジカメしか使ってないからぁ……」
嫌味なのか何なのかよくわからない発言をする。しかしお兄さんはよくできた方で、少しも顔をしかめること無く微笑んで答えてくれた。
「例の伯父さまは、仕事でカメラを使っているだけにマニアックな方でね。色々あるんだと思うよ、僕らにはわからないことが」
私は妙に納得して頷き、そのままちらっと左に視線をやってみた。ズボンのポケットに手を突っ込んで退屈そうに立っている彼は、寝る寸前の顔でぼ〜っとガラスケースを見つめている。
思わず、「……起きてます?」と顔を覗き込むと、彼はハッとしたように目を瞬いて、「あ〜…」と髪をかきあげついでに声を上げた。
「ねむ…。まだ時間になんねぇのかよ……」
「あと3分です」
さらりと言ってのけた警備員に、私達は「はぁ!?」と声を上げて、一斉にそちらを振り返った。それが期待通りの反応だったのか、彼は嫌味ったらしいくらいにニコニコと笑っていた。