コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(4) ( No.911 )
- 日時: 2011/03/24 15:23
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
ショックから立ち直りきれない私に、再び歩き出した功が前と変わりない口調で話しかけてくる。
「それより、夜ゑの呼び方、先輩じゃなくて“ちゃん”付けでいいと思うぜ。下橋の年下の奴みんなそう呼んでるし。あ、それか“夜ゑ姉”とか」
「……夜ゑ、ちゃん……?」
恐る恐る言う私に、功は頼もしくうなずく。中学以来年上の人には先輩を付けるのが当たり前となっていた私には、こういう呼び方はなんだかむずがゆく思えるものだった。しかし一方で、憧れの彼女とちょっと近付けたようでうれしくもある。
そう言えば彼女たちはいったいいくつくらいなのだろうと疑問に思い、功に尋ねようと顔を上げると、彼はすでに前方左手にあるクレープ屋で店の人と話をしているところだった。直接道に面して品物を売る、小さな個人経営の店である。ちょうどその正面、右手の方には、“居酒屋”という暖簾の下がった店もあったがあまり興味はわかず、クレープ屋の方に小走りで直行した。店の前にいる功の横に並び目線を上げると、“永瀬屋クレープ”と手書きで書かれた看板が。脇に取り付けられている小さな看板には、油性ペンで“1個100円から”と書いてある。地元で馴染みの店という雰囲気がそういう細かいところからも出ていて、とても私好みの店だった。
功に促され奥の壁に貼ってあるメニューの表を見ると、どうやらシンプルな味のものが多いようだ。恵玲とよく行くチェーン店とは、また違う感じである。
とにかく甘いものを食べたい気分だったのでカスタード味を注文し、バッグの中身を探ろうとして、私は「あー……」と力のないあいまいな声を上げた。探ろうとした手は何も触れず、空気をつかんだのみ。バッグ自体を家の方に置いてきてしまったのである。状況を察した店のおばちゃんが、目じりを下げて甲高い声で笑っていた。ごまかすように半端な笑いを浮かべた私の手に、不意に功がまだあたたかいクレープを握らせる。しっかりと受け取ってしまったあとで、私はあせって首を振った。
「えっ、あの、私お金出してな——」
「いいから食べとけ。昼までまだ時間あるし」
彼の珍しく強い口調に押されて、私は謝りつつもお礼を言うと、さっそくクレープに一口かぶりついた。もちもちの生地を伸ばすように噛み切ると、口の中にあたたかいカスタードの甘みが広がる。顔をとろけさせながら口をもぐもぐしていると、満足そうな表情のおばちゃんから声をかけられた。
「見ない顔だねぇ、新入り?」
予想外な質問に、驚いてゆるく首を振る。すると財布をズボンのポケットにしまった功が、代わりに答えてくれた。
「うちのトップの彼女。今日初めてここに来たから今案内してるんです」
前半部分はこのおばちゃんには通じないのではないかと眉を下げてそちらを見ると、予想外におばちゃんは顔いっぱいに光るような笑顔を浮かべて言った。
「風也くんの!? まぁーっ、さすが私の風也くん。いい子を捕まえてくるわね〜。この流れで、しーちゃんと夜ゑちゃんもくっついちゃえばいいのにねぇ」
聞き捨てならない言葉がいくつか混ざっていたが、目をぱちくりとさせ功とおばちゃんの顔を交互に見ることしかできない。クレープに噛みついた体勢のままそんなことをしていると、おばちゃんがまた目じりを下げて、「この子可愛いわねぇ」と高めの声音で言ってくる。私はふるふると首を横に振って、功に目で助けを請うことしかできなかった。
私の困りきった顔に苦笑を浮かべた功は、二言三言おばちゃんに声をかけ、私の手を引いてその店を離れた。愛想がよくてテンションも高い彼女に、去り際慌ててお辞儀をしておいた。
クレープ屋のすぐ先の角を左に曲がる。功は引いていた私の手を離すと、こちらを振り返って口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「よく知ってるだろ、下橋のこと」
即答で何度もうなずく。口の中のものを飲み込んで、ゆっくりとクレープ屋の方向を振り返る。自分の声には動揺が残っていた。
「ほんとびっくりしました。こんなこと言っちゃ失礼なんですけど、下橋ってよくない噂が多いから大人の方がなじんでいるのは正直意外なのです」
功はうなずき、ふと周囲の風景を見回す。私も同じように左右に並ぶ低い建物を見てみたが、どれも色が黒っぽくくすみ、薄くヒビが入った、古いものばかりだった。時々家や店の名残らしきところがあるが、今も生き残っているのはかなり少数のようである。
「今も残ってる店は、革命前からあったのがほとんどだからな。下橋のことはみんな見てきて、よく知ってるんだよ。……それにしても荒れてたあの頃からずっと店構えてるなんて、本当にすごい根性してる」
尊敬、それから畏敬の念がこもる声で、功は言う。私はそれを興味深く聞きながらも、尋ねずにはいられない言葉があった。
「あの……」
“革命”ってなんですか、と尋ねようとした私は、ふと前方に目をやって、言いかけていた言葉を止めてしまった。自然と足も止まっていた。