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Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(6) ( No.923 )
日時: 2011/03/31 19:36
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
参照: 話重くてすみません><

 とある私立の高等学校。昼休み、昼食を取り終えた生徒がグループをなして廊下を行き来する中……
 2年生の教室が並ぶ廊下を、やたらと存在感の濃い2人の女子が堂々とした足取りで歩いていた。——月上有衣と、蓮田夜ゑである。

 有衣は明るい茶髪を前下がりのボブにし、後ろ髪と同じくらいの長さの前髪をやや左寄りの位置で分けている。分け目から左右に流した右側の髪は、放っておくと右目を覆ってしまうので、ゴールドのヘアクリップで留めてある。一方夜ゑは、前に流した胸辺りまである黒髪に強いパーマをかけ、ボリュームのある真っ直ぐな前髪は目の上で綺麗に切りそろえていた。
 2人とも学校であるというのにばっちりメイクを施し、耳にはピアスも付けている。第2ボタンまで開けたワイシャツに、紺のカーディガン。その下には学校指定のものでない、別カラーのカーディガンを裾だけ見せて着ている。有衣はグレー、夜ゑはピンクのものだ。チェック柄のプリーツスカートも入学時から切って短くしており、スカートチェックなんて事があったら即刻注意されるのが目に見えている長さだった。

 2人——特に有衣は、学年の中ではかなりの有名人だ。下橋のメンバーだからではない。そのモデルのようなスタイル、容姿は言うまでもなく、他人に流されない彼女の強さをこの1年ちょっとで周囲の子たちが感じ取ったせいである。自分の気に入った子ならクラスであまりうまくいっていない子とでも仲良くしてしまうような、他の子がやったら嫌な目で見られそうなことを彼女は堂々とやってのけるし、彼女ならやっても陰口をたたかれることはない。そんな彼女と共に行動することが多い夜ゑも、自然と有名になり、1年生の頃から可愛いと評判だった。そしてその見た目に反するちょっとサディスティックな性格が、友達の間では逆にウケていた。夜ゑのそう言う部分をあまり知らずに、近付きやすそうな雰囲気だと思って彼女に声をかける男子も少なくなかった。皆見事にフラれていたが。

 そんな2人は友人を見かけると軽く挨拶を交わしながら、人の多い廊下を縫うように歩き、ここ最近の中心的な話題を熱く語っていた。有衣のあからさまに不快そうな表情から、あまり楽しい話題でないのは見て取れたが。

「あ〜アタシ今日あそこ帰りたくねー!」

 有衣が盛大なため息とともに、胸の中のうっぷんをはきだす。
 “あそこ”とは下橋のことだ。下橋での2人はまだ年齢的に下っ端の位置にいるため、学校の人達には知られていなかった。知られたら面倒なことになるのは目に見えているため、下橋の名前は極力伏せている。しかし名前を伏せている理由はそれだけではなく、彼女ら自身、自分が下橋という場所に通っていることにあまりいい感情を抱いていないせいもあったのだ。

 今の下橋のトップは、22歳の後藤雄麻という、非常に目つきの悪い男だった。不良の骨頂とも言える人物で、例え同じグループ内だとしても、自分の思い通りにいかない奴がいるとすぐに手が出るタイプなのだ。おそらくグループの頂点に立つことで周囲の人達を支配しているということに強い快感を感じているだけで、そのメンバー——特に年下に対しては、これっぽっちも仲間意識だなんて持っていやしない。下っ端や雑用程度にしか考えていないのだ。かと言って彼らを放置するわけでもなく、しばらく顔を出さなかったりすると逃げたと言って怒るのである。それは、いつも彼に侍って愚痴や暴言をまき散らしている取り巻きの大学生達も同様だった。
 下橋には有衣達のように、グループに加わったことを後悔している者が少なからずいる。あまり下橋の実情を考えず衝動的に入ってしまった本人にも責任はあるのだが、入ってしまったものは仕方がない。しかし思い切って抜けようとしても、トップの雄麻が制裁だとかなんだとかくだらないがシャレにならないことを言うため、無傷では抜けられないのだ。一度入ってしまったら、そう簡単には逃げられないのである。その現状の中、抜けたくても我慢して通っている人は、有衣達が知っているだけでもかなり多くいた。

 “下橋に帰りたくない”——その気持ちに深く共感する夜ゑは、あまり自信のなさそうな声で提案してみる。

「今日の夜はどこかで時間つぶす?」

 すると有衣はチラッと横目で彼女を見て、あっさりと首を横に振った。ため息交じりの声で言う。

「いや、アタシこの間ダチん家逃げたから、続けて行かねぇのはまずい。あの時も後藤の奴相当キレてたし」
「……そういえばそうだったね」

 夜ゑが瞳に軽蔑の色を浮かべ、沈んだ声を発する。彼女の軽蔑心は、もちろん雄麻とその取り巻きに対するものだ。
 夜ゑはそこでふと視線を前からそらし、左手の窓を睨むような目で見つめた。自分の歩くペースに合わせて窓枠が流れるように動く。それなのに窓の向こうの風景はそれほど大きくは流れない。窓に自分の顔がうっすらと映る。ギュッと強く引き結ばれた唇。整えられた眉は無意識のうちに寄せられ、彼女にしては珍しく他人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。
 一方有衣も、わずかにつった大きな瞳に苛立ちの色を見せる。元々人に命令されたり拘束されたりすることに、人一倍不愉快さを感じるたちなのだ。雄麻達に対しても、自由にさせろと思い切って言いたいところなのだが、言った瞬間雄麻とその取り巻きが束になってかかってくるのは目に見えている。ケンカの強い有衣といえど、さすがに年上の手加減を知らない男達に勝てる自信はなかった。彼女達が女性な上に高校2年というトップからすれば低い年齢だという悪条件が、明らかに足かせになっていた。

 有衣はふと夜ゑの方に目をやって、わずかに眉をひそめた。正面に目を戻していた夜ゑは、口元に手をやって何かを考え込むような様子だったのだ。正直声をかけていいのか悩んだが、有衣はさっと辺りに視線を走らせて、仕方なく肘で彼女の腕を軽くつついた。ゆっくりと目を上げた夜ゑは、今自分が歩いている場所が生徒がたくさん行き来する廊下だと気付いて、すぐに重苦しい空気を消し去った。
 あえて、口元に淡く笑みを浮かべる有衣。夜ゑも苦笑をもらした後、すぐに柔らかい表情に切り替えた。学校でまでこんな憂鬱な雰囲気になっていたら、周りに不審がられる上、彼女ら自身がつらい。