コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(8) ( No.932 )
- 日時: 2011/03/31 19:32
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
「オレンジジュース2つ」
駅前のファーストフード店に入り一番奥の席に腰かけた有衣は、やってきたウェイトレスに早速注文をした。そうしてさっさと邪魔者を追い払い、正面に座る風也に目を向ける。
彼は頬杖をついてこちらから視線をそらし、ちょっとふてくされた様子だった。電車に引きずり込んだときに見せた可愛らしい表情なんか、微塵も残っていない。どちらかというと、至近距離に見る彼の顔は随分と大人びて見えた。拗ねた表情をしているのに、だ。あまり明るい印象はもたらさない、妙に凪いだ瞳がそうさせるのかもしれない。不意打ちで驚かせないとあの可愛い顔は見れないのか、と有衣は軽く舌打ちしそうになった。
それにしても、と有衣はちょっと眉をひそめて彼の服装に意識をやった。今は平日の昼間。それなのに、彼は私服姿だ。学ランではなく。意味もなく自分の制服姿を確認した有衣は、本題に入る前にす……と目を細めて言った。
「お前……学校は?」
こちらを振り返り、あからさまに嫌な顔をする風也。つり目のせいか不機嫌さが際立っている。
それ以前に風也は自分のことを知っているのだろうかと突如不安になった有衣に、彼は不愉快さをはっきりと声ににじませて言ったのだ。まだ声変りはしていないためよく響きそうな高めの声だった。
「まさかこんなところまで連れてきて説教っすか、おばさん」
「おば……っ」
反射的に愕然とした声で繰り返してしまった。おそらく今までの人生で一度も言われたことのないだろう言葉だ。あまり気の長い方ではない有衣は、即座に身を乗り出し彼の胸ぐらを力任せにつかんでいた。
「てめぇざけんな誰がおばさんだ……っ。こっちはまだピチピチの高校せ——」
「高校生には見えないっすけど」
「おっ前マジでケンカ売ってんのか!! バリバリ制服着てんじゃんか!!」
自分のブレザーの襟をひっつかんで風也に見せつける。それを冷めた目で眺める風也。胸ぐらを本気で掴まれたままだと言うのに、全く動じる様子がない。動じているのはどちらかと言うと周りの客の方だった。言い合いの内容に失笑をもらしている人も中にはいたが。
しかしすぐに1人で熱くなっているのがバカらしくなって、有衣はつかんでいた手を乱暴に放した。浮かせていた腰を落ちつけて、苛立ちを押さえるために彼から目をそらす。
するとタイミングを見計らっていたかのように飲み物が運ばれてきた。久し振りに飲むオレンジジュースである。有衣は少々やけになってストローに口をつけると、すごい勢いでそれを飲み干してしまった。荒々しい動作でテーブルに空のカップを戻し、風也に睨むような目を向ける。彼はこちらの視線に気が付いていないのか、両手でカップを持ち、気持ち目を伏せてジュースを飲んでいた。男性にしては長いまつげ。しかもそのカップの持ち方が妙に可愛くて、有衣は内心パニックになっていた。
——……どーしよコイツ、めちゃくちゃ生意気だけどめちゃくちゃ可愛い……!!
隣に夜ゑなんかがいたら、黄色い声で騒ぎ立てている状況である。
しかしずっとそんなことを考えているわけにもいかず、有衣はそろそろ本題に入ろうと、かしこまるように椅子に座り直した。風也もそれを察してくれたのか、飲みかけのカップを静かに脇に置く。テーブルに当たる時の少し甲高い音が、2人の間に緊張した静寂を生み出す。周りの喧騒が一気に遠くなった。その雰囲気のせいか、やや体を固くした風也に、有衣は功のときのように率直に尋ねた。
「トップを追いだす反乱に、協力する気はねぇか?」
反応は、功とはまったく違っていた。つまり、驚愕に目を見張ったのである。戸惑うような声が漏れ、ついで彼は変なことを聞いたという風に眉をひそめた。その動揺はまさしく、下っ端扱いの小中学生に十分起こりうる反応だった。そもそもあの雄麻を追いだす、ということ自体が、彼らにとってはとてもではないが想像のつかないことなのである。“変える”だなんて大それたことはまず思いつかず、今の状況に妥協してしまうことがほとんどなのだ。
風也もそうなのだろう。今までの冷めた表情は薄れ、代わりに戸惑いが彼の顔にはっきりと表れていた。
「追い出すって……そんなこと、本当にできるんすか?」
有衣はその問いには答えず、じっと彼の顔を見返すのみ。そらすことなく、真っ直ぐに。そうしてトーンを押さえた声で、しかし力強く言う。
「下橋を変えたいか……それともこのままでいいか」
風也の表情に強い意志が宿った。テーブルの下で両のこぶしを握ったのが、小さな肩に力が入るのを見てわかった。
「変えたい、オレは……。変えられるんなら。——よく皆とも話してた。もっとアットホームなところがいいって。なんか皆色々うまくいかなくて、発散できるところが欲しくて、悩みを言い合える人が欲しくて、衝動的に下橋なんて所に来ちゃったけど……入ってみたら周りの空気に流されてもっと暗い気持ちになるだけだったって。悩みを話すっているより、愚痴とか悪口を言い合ってる感じで、自分がもっともっと堕ちて行くような気がするって」
彼が実感を込めて言うことは、まさに有衣の気持ちとも重なっていた。名家のお嬢様として育った有衣が、自分の意志の通らない、自分の知らないところで様々な物事が決まっていく家のやり方に、自分より立場の低い家の人を見下すような態度をとる名門学校のクラスメートに、そしてそれらをどうすることもできずただ言われることをしていただけの自分自身に強い嫌気がさして、それまでの生活とは全く関係のない、そして居心地のいい場を求めて下橋にやってきた、有衣の気持ちと……。
自然と、有衣の口から言葉がこぼれた。
「お前は……どうしてきたんだよ、下橋に」
す……と落とすように目を伏せる風也。そのまま唇を噛んで、何も言わずにテーブルのある一点を睨む。短く整えられた眉が、心なしか辛そうに歪んでいる。
すぐに有衣の方から、「やっぱなんでもない。関係のない話だったな」とその話題を引いた。目を上げた風也が、やはり無言のまま有衣を見る。唇が固く引き結ばれている。
「……そのうち話せよ」
有衣が視線をそらしながら言うと、彼はしぶしぶだが頷いてくれた。
そして有衣は本題に戻り、他に参加するメンバーを彼に伝えた。名前を言ってもわからないかもしれないという懸念は全く無用で、彼は記憶力のいいことに皆の顔と名前をすぐに一致させていた。下橋に加入した当初にざっと名前を紹介されたくらいで、その後はまともな接点など無かったはずなのに。そして芝崎功の名前が出た時の反応は特に早く、予想外の名前に顔色を変えていた。
「芝崎さんって、あの人大学生じゃないすか! しかもトップの取り巻き……。確かに他の取り巻き達とは違う感じだったけど、でも反乱に協力なんて……」
「まぁ要は、アタシらが思ってた以上に後藤達とソリがあってなかったわけだ、芝崎さんは」
言いつつ口元に笑みが浮かんでいた。もちろん、同世代と気が合わなかったことへの嘲笑ではない。むしろ、気が合わなかったからこその芝崎功への好感からきた笑みだった。
一応理解はした様子の風也は、話の先を目で求める。有衣はうなずいて、この間功も加えて4人で話した内容を、ほぼそのまま彼に伝えた。もちろん、風也の本当の力量が重要だということも。それをジュースを飲みながら聞いていた彼は、「よくこんな新人覚えてたな」と独り言を呟いたのみで、そのほかの部分には特に驚く様子も見せなかった。その落ち着いた様子が、彼がいつもは手加減しているのではという疑惑を肯定しているように見えて、有衣は徐々に体の内から熱いものが湧きあがってくるのを感じていた。彼女の中で、トップ後藤雄麻への抵抗が、現実に近付きつつあったのだ。そしてひと通り話が終わった後も、整然とした表情を崩さず目にも強い光を灯したままの風也を見て、有衣の心から迷いが消えていた。
そしてそこに駄目押しの、風也の力強い首肯。
「そのトップの取り巻き共は……オレが皆どうにかします」
彼の大胆な台詞に有衣は目を見開いたが、すぐにその顔にじわじわと笑みを広げていった。
「頼んだぜっ」
自然と、溌剌とした調子で出てきた言葉。自然と生まれてきた、胸の内の爽快感。
相手が年下の中学生であることも忘れて、有衣はこの瞬間心の底から彼を頼りに感じていた。