コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(9) ( No.934 )
- 日時: 2011/04/03 12:48
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
「——まぁそんなこんなで、今のトップ5——風也と功と伸次、それから夜ゑとアタシが集まったわけだ」
それまでの固い真剣な空気を振り払うように、有衣が軽い口調でそう言った。有衣と夜ゑの熱い語りはお世辞抜きに上手くて、思わずこちらまでが本気になって、革命に向け気持ちを奮わせてしまった。まるで自分がその場にいたような気分だ。膝の上で握ったこぶしが、いつの間にかうっすらと汗ばんでいる。私が興味津々な様子で話を聞くのを、2人は満足げに口角を上げながら見ていた。
革命の中心メンバー集結後、5人はこっそりメールアドレスを交換し、メールで連絡を取り合った。そして有衣ら言いだしっぺ3人が反乱仲間を探す一方で、風也と功は学校に行くふりをしてこっそりケンカの特訓をしていたらしい。大学生対策だったそうだ。
だんだん革命に向け本格的に動き出してきた昔話に、「ほぇ〜」と感嘆と尊敬の入り混じった声がもれた。頬が熱い。私は目を輝かせて、話の続きを催促した。ここまでいったらもうクライマックスだ!
「それで、その後はどうなったんですか? 革命当日とか!」
声が弾む。小さなテーブルに肘をついて、気持ち身を乗り出す。
するとなぜか突然、有衣に思いっきり爆笑された。ポカンと口を開け疑問符を浮かべた顔で有衣を見ると、彼女は目じりをぬぐいながら笑いの収まらない状態で言ったのだ。
「そっれがよぉ、革命当日はほっとんど風也が大学生片付けちまって特別話すことねぇんだ! なんつーか期待以上の働き? あの時の後藤の唖然とした顔ときたら、ほんとマジ笑いが止まらね……っ」
ついにはテーブルをバンバンと叩きだす。その“後藤の唖然とした顔”が具体的にわからない私は、彼女がなぜそこまで笑えるのかがいまいちピンとこなかったが、とにかく風也の活躍がすごかったということだけはわかって誇りに似た思いを感じていた。実際に見てみたかった気もするが。
夜ゑも手で口元を隠しながら、肩を震わせ笑っている。
「後藤達、敵わないってわかって自分から下橋出て行ってくれたしね」
「でもアイツら、その後また別の地域のグループ入って時々下橋にもケンカ売ってくんじゃん! 懲りねぇよなーっ、ほんと」
なんだか盛り上がっている2人に置いてきぼりをくらったようでついきょときょとと視線をさまよわせてしまったが、2人とも体を震わせるほどに笑っているので、だんだんとこっちまで楽しくなってきてしまった。つられて笑い声をもらす私に、有衣がひーひ—言いながら続きを話してくれる。
「それで……っ、その後は誰がリーダーになるかで、もめたんだけどよっ。アイツ、えっと功が、……自分リーダーやる柄じゃないしケンカあっちのが強いからって、風也にゆず……っ、けほっ、たんだ……けほっ、ひー腹いてーっ」
「ちょ、大丈夫ですか有衣ねーさん!?」
「有衣は笑いすぎー。何がそこまでツボだったの」
「わっかんねーっ」
顔を伏せて笑いを止めようとする有衣。背中ほどまである、大きくふんわりと波打った豪奢な髪が紅潮した頬まで覆っている。妖艶な大人っぽい外見をあおっているその茶髪を見、私はその視線をアルバムの写真に移した。高校の制服姿の彼女は、今とは全く雰囲気が変わって前下がりのボブにしている。同じ茶髪でも、高校生の頃の方が色がずっと明るく、金に近い。高校から髪をずっと伸ばしていたんだなとぼんやりと考えながら、その視線を今度はまた別の写真——夜ゑとその友人らしき女の子が映っている写真に向けた。その写真の中の夜ゑも、今とは全く違う長い髪。しかも強く巻いている。そしてその隣に映っているのが、革命の話には一度も出てこなかったポニーテールの見知らぬ女の子。カメラに向かってピースをつきだしている。よく見ると、とても目力の強い、はっきりとした顔立ちをしていた。
私の視線が謎の少女のところで止まっているのに気が付いて、夜ゑがふっと微笑んだ。
「その子は園香っていって、あたしの中学のときからの友達なの。高校からは離れちゃったけど、今もたまに会ってるんだ」
私はアルバムから顔を上げ、彼女に尋ねた。
「下橋とは関係のない人なんですか?」
「うん、高校のときの写真だから置いといただけ」
納得して頷き視線を戻すと、夜ゑが一緒にその写真を覗き込んでくる。両腕で頬杖をつきながら、次はいつ会えるかな、と期待するような声で独り言をもらす。
するとようやく笑いの収まった有衣が、じっと写真に視線を落とす私達に声をかけた。
「そろそろ下戻らねぇ? 話ひと段落したし」
私達はそろって顔を上げ、もちろん同意をし席を立った。夜ゑがアルバムを閉じるのをちょっと名残惜しく思いながら見つめ、それからぐるっとこの物置部屋を見回す。衣類が置いてあるせいか、生活のにおいがこの部屋からは感じられる。
ドアのところにいる有衣に手招きされて慌てて部屋を出ると、電気を消した有衣が私を振り返って、今の下橋の生活のことをざっと教えてくれた。
今下橋には小学生から大学生が50人近く通っていて、皆学校や部活が終わると下橋の自分の所属するグループに帰ってくる。有衣達なら、緋桜の家——つまり、ここに帰ってくるわけだ。
「下橋に帰ってからは皆好きなことやってるかな。駅前の広場で遊んでる奴もいれば、家でおやつ食べて喋ってる奴もいる。ケンカ強くなりたくて練習してる奴も。もちろん、グループ同士で対戦しようぜ的なときは、ほぼ全員広場に集まったりもするんだけどな」
そして、他の地域の不良グループと比べて、下橋特有の過ごし方と言えるのが、“勉強”だった。テスト前になると、それぞれの家に作られている勉強部屋で問題集と格闘する人が出てくるらしい。しかも、わからない問題があればその場で大学生に聞ける。特に緋桜には、英才教育で育った元お嬢様の有衣がいるのだ。
有衣がお嬢様育ちだと知って心底驚いた私は、呆気にとられて彼女の顔を凝視していたが、全く気にもされずに話は進んだ。
「若干塾みたいになってるけどな、テスト前に限っては。とにかく今の下橋では、“真面目に勉強してやがる、だっせー”って言った奴は逆に白い目で見られるね。まぁこれはたぶん、アタシらの影響なんだけど」
「その“アタシら”にあたしと伸次は含まれないからねー。勉強嫌いだもん」
さりげなく夜ゑが口を挟んだ。確かに嫌そうに唇を尖らせている。
私はそれに深く賛同して何度もうなずこうとし、そこで突然、
「あーっ!!」
おそらく下橋に来てから最も大きな声を上げていた。何事かと目を見開いて振り返る有衣と夜ゑに、私は泣きそうになりながら声を震わせて訴えた。
「つ、追試……っ。追試の存在忘れてたのですー!!」
廊下中に響き渡る、嘆きの声。
有衣が憐れむような表情を浮かべ、空笑いをもらしていた。