コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(10) ( No.936 )
日時: 2011/04/05 13:05
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)

「なつき、こっちパス!」
「いけーっ、シュートシュートー!」
「あ〜、おっしいー」


 にぎやかな声が飛びかっている。私は広場の隅に置かれたドラム缶にタオルを敷いて座り、直射日光に顔をしかめつつも、とてもさわやかな気分で眼前の光景を見守っていた。

 目の前の広場には、夢中でバスケットボールを追いかける小中学生。そしてその中に混じる数人の高校生、大学生の姿が。午前中功と通りかかったこの駅前の広場で、彼らはずっとバスケに明け暮れていたらしい。さすがは小中学生、遊びにかける体力は無尽蔵だな、と思わず感心してしまう。
 バスケのゲームを楽しむほとんどが、まだ女の子と大差のない背の低い男の子達なので、その中に身長170センチを超えるような人がいるとかなり目立つ。そのほとんどがおそらく高校生以上なのだろうが、知らない顔が多いのではっきりとは言い切れない。しかしそののっぽの中に1人だけ、見覚えのある顔が混じっていた。

「伸兄、ジャンプしちゃダメー」

 小学生の男の子に、楽しそうな表情で文句を言われている青年——三和伸次。有衣と夜ゑと同い年の大学生だ。朝しっかりとセットしてあった茶髪はやや乱れていたが、本気を出していないせいだろう、息も乱さず余裕の表情でゆるゆるとボールを追っている。たまにバスケの経験者らしき子がボールをとると、彼もギアをチェンジするようにキレのいい動きを見せていた。ステップを踏んでシュートを決める時なんか、思わず黄色い声を上げてしまいそうになるくらいにかっこいい。そしてそんなかっこいい姿を見せた直後に、ボールをついて走る小学生をちょっと邪魔するようなそぶりを見せるのを見ると、微笑ましくなってしまう。伸次の手を避けようとする小学生はもう必死の形相だし、伸次はちょっとからかうように楽しげに笑っていて、まるで仲のいい兄弟みたいだなぁとあたたかい気持ちになった。

 つい十数分前、唐突に追試の存在を思い出し緋桜の家の中で騒ぎ立てていた私は、有衣の「残りの夏休みは下橋に勉強しに来ればいいじゃねぇか」という当たり前といった調子の台詞に、いったん落ちつきを取り戻していた。彼女の自信にあふれた強気な口調はやはり頼もしくて、“大丈夫だ”と言われると本当にどうにかなる気がしてくるのだ。しかもまた風也が追試科目を教えてくれるらしく、私としては一安心というところだった。
 そしてほっと息をつく私の横で、色々と会話が為されあれよあれよと話が進んでいき……

 気が付いたら、ここに連れてこられていたのである。ちなみに連れてきた張本人の風也は、すぐそこの喫茶店で買ってきたピーチティをそばの壁にもたれて悠々と飲んでいる。聞く話によると、そのピーチティは期間限定で結構お気に入りなんだとか。私は膝の上にのせたミルクティに、ふと視線を落とした。さっき風也に買ってきてもらったものだ。プラスチックカップの底に沈んでいる黒いタピオカをぼんやりと見つめ、独り言のように呟く。わりとぎこちない声が出た。

「私……こんなとこでぼーっとしてて、いいんですかね……?」

 チラッと横目で視線を投げてくる風也。それを顔を上げて見返す私。
 彼のショートカットにした金髪は、まばゆい日光で白っぽくつやを増している。この日差しの下には似合わない色白の頬。まぶしいのか少しだけ釣り目を伏せて、顔をしかめていた。それを見たら私までつられて、つい手でひさしを作ってしまった。

 視線を正面——バスケをやっている少年少女達の方に戻した風也は、さも当然といった風に言う。

「今からやってもどうせエネルギー切れで夕方までしかできねぇし。1時間くらいここでぼーっとしてたって大丈夫だろ」

 なぜここなのかと即問い返そうかと思ったが、寸前で理由に思い当って口には出さなかった。たぶん彼も目の前で繰り広げられているバスケのゲームに、そのうち参加するつもりなのだろう。だとしたら、とても楽しみである。
 バスケをしている彼を想像してふやけてしまった頬を両手で押さえながら、私も広場の中心に意識を戻した。

 スポーツというのは不思議なものだ。たとえ自分が苦手だったとしても、一生懸命動いている人を見るだけで体に力が湧いてくる。がんばれ、と本気で応援したくなる。私なんかは球技が大の苦手だと言うのに……なぜだろう。皆が必死にボールを追うのを見るのが楽しくて、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。前かがみになって、つい真剣にゲームを見つめてしまう。そしてそのうち、なぜかこっちまで体がむずむずしてくるのだ。あの輪に加わりたい、でも球技はできないからやっぱり嫌だ、そんな葛藤。

 いつの間にか、恨めしげな目で彼らを見つめてしまっていたのだろうか。風也が明るい光を灯した目でこちらを見、ついで顎で広場の中心をさした。

「バスケ、やるか?」
「え!?」

 バッと勢いよく彼を振り返って、声を上げる。やりたそうな顔をしていたのは私だろうに。
 それでもやはり決心がつかずに風也を見ると、彼は口元に柔らかい笑みを浮かべながら首をかしげ目で問いかけてくる。いつもより少しだけ幼く見える表情。つい一瞬目を見開いて凝視してしまう。それから沈むように視線を落とした私は、ちょっと考えて、やはり弱々しく首を横に振った。

「無理です、私球技できないのです……」
「別に苦手な奴だって普通に混ざってるぜ。ほら」

 気にした風もなく、ゴール前でボールを掲げている男の子を指す風也。まだ小学生らしきその男の子は、下投げでゴールを入れようとし勢いをつけすぎて、後ろにボールを放った上にひっくり返ってしまっていた。周りにいた子達が皆お腹を抱えて笑い飛ばしている。聞いていて気持ちの良い、好意的な笑い声だった。どうやら皆、ボールの扱いが苦手な彼のためにシュートをするのを待ってあげていたようだ。
 それにしても、と私はむむっと真剣な表情で目を細める。

 ——……あの子、私と同レベルです……!

 すると風也が、飲み干して空になったプラスチックのカップを片手で軽く握りつぶし、もたれていた壁から背中を離した。ゴミを捨てつつ、ぶらぶらと散歩をするように、コート脇で交代を待つかたまりの中に入っていく。その様子を甘いミルクティーをすすりながら見つめていると、彼がその集団の中から私の方を手で示した。彼らの興味津々な熱い視線が、一斉に私に集まる。
 ——嫌な、予感がした。でもそれ以上に、心地よい緊張を含む期待が、胸の内で膨らんでいた——……



 ——私が、あの下橋で皆と一緒にバスケをやったと言ったら、皆はどういう反応をするだろう。好奇に満ちた瞳をらんらんと輝かせて一心にボールを追う下橋の子達に交じって、一緒になって汗をかいてきたと言ったら、皆は驚くだろうか。
 お母さんは? 津波や美久達は? そして……恵玲は? ……もしかしたら恵玲は、そんなに驚かないのかもしれない。

 ——“下橋は不良のたまり場”

 そんな今となってはでたらめな噂なんて、無くなってしまえばいいのに。
 心から、そう思った。