コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第一章エピローグ ( No.962 )
- 日時: 2011/05/04 17:30
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
恵玲が来てからだらだらと4、5時間ほど私の部屋で過ごした後、風也は部屋の窓から外を見て、そろそろ帰るかと腰を上げた。日が落ち、代わりに銀色の月が辺りの熱気を冷ます頃である。また明日——そう言って帰って行く彼を、私は恵玲と並んで玄関先で見送った。恵玲はまだ帰る気はないらしい。まぁいつまでいても構わないのだが。
夏休みの終わりももう間近である。色々あったような気はするのに、どこかあっさりと終わりを迎えようとしている40日間。何かするべきことを忘れているような、そんな焦燥感がわずかに胸中を渦巻いている。
部屋に戻ると、恵玲が私のベッドの中心にどかんと腰をおろし、毛先をいじりながら下橋のことを尋ねてきた。下橋に行ったことは伝えていたが、詳しい話はまだだったのだ。違う音楽でも流そうかと棚に並ぶCDを物色していた私は、今となっては強い親近感を感じるその地名に、顔じゅうに笑顔を浮かべて反応した。勢いよく彼女を振り返る。
「すごくいい所だったのです! みんな優しくておもしろかったのですよ!」
微塵の迷いもなく断言する私を、恵玲は片眉を上げて見つめてくる。
私はそこで要求されたわけでもないのに、下橋の話を包み隠さず語りだした。いや、そもそも包み隠すところなんて全くないのだが。もちろん有衣達がしてくれた、下橋の過去の話は現状のことも忘れない。興奮していたせいか、自分の内側にいる何かが私をせかすせいか、早口な上に飛び飛びな話になってしまったが、恵玲は腕を組んでむすっと唇を閉じたままじっと私の話を聞いていた。しかし少なからず興味はあったのだろう。その瞳の奥底には、好奇の光がらんらんと輝いているように私には見えたのだ。そこで調子に乗った私はさらなる弁舌をふるったのである。
一通り満足のいくところまで話し終えると、私はようやく口を閉じて恵玲にちゃんと視線を向けた。そして彼女の顔に浮かんでいた思わぬ深刻な表情に目を瞬き、ついまじまじとその整った顔を凝視してしまった。彼女の伏せがちな目。その白い頬に淡く落ちる、まつげの影。
何やら思案に暮れている様子の恵玲を邪魔するのも気が引けたので、私は勉強机の横の小窓に歩み寄り、外の風景を眺めてみた。輪郭のぼんやりとした家々に、薄く雲が広がる藍色の空。その風景に視線をやったまま、何気なく呟く。
「変わるものなんですね、ずっと続いてきたものでも。みんな時間と共に、変わっちゃうんですね……」
私の頭には、下橋の風景が、昔の写真がはっきりと浮かんでいた。
恵玲の、射抜くような視線を背中に感じる。
「でも——」
そう言ってくるっと後ろを振り返り、恵玲と正面から目を合わせる。
——……ずっと変わってほしくないものだって……
銀色に冷たく輝く月を、ゆるやかに、時間をかけて灰色の雲が覆っていく。じれったいほどに、ゆっくりと。しかし、
確実に——……
第一章(完)