コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 萩原さんは今日も不機嫌 ( No.46 )
- 日時: 2011/09/03 01:07
- 名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)
『第三話 萩原さんの休日事情』3‐7
『萩原さんって、すっごいクールだよねぇ』
『琳奈ちゃんって、いっつも冷静でかっこいいよね!』
『萩原ってさぁ〜、なんかこう、穏便なイメージがあるよな』
『琳奈ちゃんは、分別をわきまえていて偉いわねぇ〜』
『萩ちゃんはいい子だから、嫁のもらい手が沢山居ていいなぁ! ガっハハハハ!』
これが、私が今まで知り合った人間に、実際に言われた言葉の数々だ。
中学や高校で一緒のクラスになった、女子や男子の言葉。
近所に住むおばさんの、私と会話する時の口癖。
【エコ会】でお世話になった、大工のオジサンの軽いセクハラ。
客観的に見た私は、どうやらこういうイメージらしい。
全く笑える話だ。この私がクール?冷静?分別をわきまえている? 偉い? 嫁の貰い手が沢山?
残念ながら、そんなことは有り得ない。
何故かって?
それは……
「ぷがぁっ!」
「ギャフッ!」
「ゲハリャッ!」
「ウバッ!」
「あべしっ!」
なんて悲鳴を、人に【あげさせている】女が。冷静で分別をわきまえて、偉くて、旦那が見つかる訳無いではないか。
「は、萩原? もういいんじゃないか?」
「ん、そうか」
藤堂の若干焦った声を聞き、私は【攻撃】を止めた。藤堂の引きつった顔をみると若干やり過ぎた感じがするが、まあ、これも【依頼人】を守るためだ。
「しっかし、案外弱かったなこいつら」
私は目の前に転がって呻いている【黒服】どもに目をやる。
狭い路地に折り重なるように倒れている彼らは、先ほどまでの殺気やら、敵意やら、怒りの感情はどこへ行ったのか。
弱々しいオーラを全身から放っている。なんというか、【情けない】といった言葉がぴったりの風体だ。
「いや……、どう考えてもお前が強すぎる……。なんなんだ、その阿呆みたいな馬鹿強さは……。殴りかかってきた【大人】を反対に拳で片っ端から殴り倒すなんて。俺は加勢するタイミングを無くしてしまったよ……」
阿呆とは何だ阿呆とは。失敬な。
だが、藤堂の顔が今まで見たことないような呆れ顔になっていたので、反論は出来なかった。
確かにこの男の言うとおりだ。私は平均的な女子高校二年生にしてはかなり【喧嘩に強い】だろう。
その理由はちゃんとある。
【父】だ。
私の父の口癖は、
『たとえ女であっても身を守る術。もしくは他人を守る術は学んでおけ』
なのだ。
その影響で私は幼い頃から【少林寺拳法】という護身術を学んできた。
基本攻撃を受け流して反撃する拳法なので、あまり暴力的ではないのだが、私はその【少林寺拳法】の初段ということになっている。
【なっている】というのは、実際には更に父にみっちり仕込まれているので、普通の初段よりは遥かに実践的な拳法と言えるからだ。
今の今まで大人には余り試したことは無かったが、今の状況を見る限り十分機能しているらしい。
さっきまでは【暴力団】の孫を狙う【組織】だと聞いて、【拳銃】やら、【ナイフ】やらが出てくるのかと思ったが、彼らの【暴力】は全て拳だった。
だったら何のことは無い。この狭い路地だ。相手は一人ずつすればいいし、別段鍛えているわけでもない速さのパンチなど、小学生の時から鍛えられてきた私にとってはなんて事は無い。
唯一の気掛かりは【黒服】がしんや君を人質に取ることだったが、それは藤堂に任せていたので問題なかった。というより、呆然としている藤堂にしんや君を渡しただけだったのだが……。まあ、守ってくれたことに変わりはないだろう。
「いやぁ〜、こんだけ強かったならなにも逃げなくてよかったんじゃないか?」
「いや、こいつらの実力が未知数だったからな。それに、その、まあ、一様……な」
「?」
私の歯切れの悪い言い方を疑問に思ったのか、藤堂が首を傾げながらこちらを見てくる。思わずその視線から目を逸らしてしまう。
【逃げなくてもよかった】。
確かにそうだろう。私は【身を守る術】と【人を守る術】両方を持っているのだから。
だが……、恥ずかしいことに私はどうしようもなく怖かったのだ。
逃げてる最中も、【黒服】連中に叫んだときも、どうしようもなく怖かったのだ。
私は弱い。どうしようもなく弱い。
【力】は或っても【精神力】が極端に低い。そういうことだ。
だから逃げる事で、なるべく面倒事にしたくなかったのだが、如何せん私は精神は弱いくせに、無駄に心の底が熱い。その結果、震えているしんや君を見てしまった事で怒り心頭、叫んでしまったわけだ。
藤堂のように馬鹿みたいに強い【精神力】が羨ましい。こいつは私にこっ酷く言われながらも、私のことを好きだの愛してるだの事或るごとに言ってくる。
その【打たれ強さ】だけは見習いたいものだ。勿論同じような馬鹿にはなりたくないが……。
だが、こいつの存在としんや君の存在が、私に【勇気】をくれたのも確かだ。
感謝しよう、しんや君に。だが、藤堂には感謝したくないな、理由は【癪だから】で十分だ。
「そうだ、しんや君は大丈夫……ってあれ? しんや君は?」
「え? ここに……いない?」
しんや君が消えた。
先程まで藤堂のそばにいたと思ったが、何時の間にやら綺麗さっぱり消えていた。
二人して焦りながら周りを見渡す。と、そこで声が聞こえてきた。
【黒服】達が転がっている方から、聞こえるはずの無い【声】が……。
その声は今までの人生で聞いてきた中で一番と言っていいほどに。
【ヤバい声】だった……。
「駄目だよ〜、ちゃんと子供は見といてあげなきゃ〜、成長が早いのが子供の特性だよ?ね、そうだろう?」
危険。
雰囲気というか、オーラというか。とにかく全てが危険に満ちた男。
格好は黒のTシャツに上にフード付きの長袖を着ている。下は安物のズボンのようだ。
顔はほっそりとした顔で、美形。スポーティな眼鏡を掛けているのが印象的な男。
これだけの情報なら【普通】だ。
だが、青年には言いようのない不快感が漂っていて、どこか私たちとは住む世界が違う気がした。
【黒服】連中も十分【非日常】だったが、彼の場合はその上といった所か。ようは【危険】な香りがプンプンするという事だ。
と、そこまで【青年】を観察したのち、彼が誰かの手を握っているころに気付く。
その手を辿って行き、行き着く先を視認した瞬間、思わず私は舌打ちをしてしまった。
「ねぇ〜、ぼうやもほっとかれるのは嫌だよねぇ〜?」
「ひ、ひぐっ」
【青年】にしんや君が拘束されて、泣きながらこっちを見ているのが目に入った。
実際には手を握られていただけだが、大人に手を握られてあんな小さい子が逃げられる訳がない。
そもそも、恐怖で震えてそんな思考に行き着くわけがない。
くそっ、しんや君を泣かせたくなかったから、わざわざ恐怖をねじ伏せたっていうのに、何たる事だ。
「てめぇ、しんや君を……。一体あんた誰なんだ!」
藤堂が突然現れた【青年】に叫ぶ。
それに対し、【青年】は無邪気な笑みを浮かべて答えた。
「映画とかでよく出てくる【悪党】さ!」
どうやらこいつも阿呆らしい……。