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- Re: 萩原さんは今日も不機嫌 ( No.54 )
- 日時: 2011/09/03 01:09
- 名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)
『第三話 萩原さんの休日事情』3‐8 1/2
「……萩原」
「なんだ」
「こいつ……阿呆か?」
いや、【馬鹿】なお前に言われたくはないだろう。
もっとも、今私たちの目の前に現れたこの眼鏡の男は、確かに【阿呆】の様だが……。
「おいおい、なんてこと言うんだい、失礼な子たちだなぁ〜。ははっ!」
眼鏡の青年はにこやかに笑いながら、そんな事を言う。
笑っている。
確かに笑っている。
だけど……。なんなんだ、この男から来るザラザラした感じ。
笑顔を顔に張り付けている癖に、私の本能がこいつのにこやかな顔をみて、【ここから早く逃げろ!】と危険信号を出してくる。
だが、しんや君が捕まっている状態では、逃げ出すことはできない。
「しっかし、こんな所で志島の旦那のお孫さんに出会えるとはね。いやぁ〜、さっきは不幸だと思ったが、どうやら僕はついていたようだ!」
「志島……?」
思わず小さな声で、呟く。
それがしんや君の名字だろうか?
という事は、しんや君の言っていた【暴力団】というのは……。
「【志島・井出見組】……か。予想大当たりってとこかな」
大体予想は付いていたが、目の前の男の言葉で【予想】は【確証】になった。
【志島・井出見組】。
ここらを昔から仕切っている、巨大な暴力団組織の事だ。
略称は【組織】。
【組織】なんて曖昧ないい方だけで通じるのは、他にこの【市】に大きな【組】が存在しない事による。
いや、最近はそうとも言えない状況ではあるのだが……。
「は? 萩原、さっきから何ぶつぶつ言ってんだ? なんだその、シジミ・いでよ組って?」
「し・じ・ま・い・で・み・組だ。……ここらを仕切っている【暴力団】の中で一番でかい所だよ」
私は藤堂に律義に答えながら、視線はずっと【眼鏡の青年】に向けている。
【組織】なんてヤバい所の、【ボス】の孫を狙う様な【狂った】連中だ。
しかもこの【青年】は、さっきまでの【黒服】よりも数倍上の【危険】を感じる。
恐らく、……恐らくだが、今この瞬間に、気を抜いたら……、
【殺される】。
「藤堂」
「ん? なんだ?」
「お前は逃げろ」
「は?」
突然の私の言葉に藤堂は酷く狼狽して、私に詰め寄ってくる。
「な、何言ってんだ! こんな状況で逃げられる訳がないだろう!」
分かっている、藤堂がこう返答してくるのは分かっている。
なので、私はこいつを納得させるために、言葉を【並べ立てる】
「唯逃げろって言ってんじゃない、誰か助けを呼んできて欲しいんだ。このままだと皆危ないだろ?」
「それは……」
なるだけ優しく、諭すように語りかける。
こいつの【正義感】を刺激しないように、できるだけ穏便に……。
「さっきゲーム買った店で、副会長がいただろ? あの人を呼んでくるのでもいい、あの人が来れば大抵のことは何とかなる」
「……」
副会長はあれで荒事にもかなり慣れている。
【エコ会】に来る不良絡みの【依頼】は、大抵あの人が大暴れして終わることも多々あるのだ。
そういう思惑も【一様】あって、私は藤堂に向かって言葉を紡ぐ。
藤堂の顔を見ずに、顔に柔和な笑みまでうかべて。
こいつが安心して【逃げる】事が出来るように、必死に言葉を繋いでいく。
「だから、行ってくれ。私としんや君を助ける為に、なるだけ早く助けを———」
「やめろ」
私の思いを崩すかのように、【説得】の言葉を途中で遮って、藤堂は短く言った。
不味い。
このままだと面倒なことになる。
「は? やめろって何を言ってるんだ?」
私は何とか藤堂に【悟られない】様に、誤魔化す。
だが、藤堂は。
「……見たくない」
短く。
本当に短い言葉を藤堂は呟く。
だが、その声色にはどうしようもなく、
「お前のそんな顔は見たくない」
悲しい感情が乗っかっているように思えた。
「何言ってるんだよ?本当に何言っているんだ藤堂。私はお前に助けを呼んできてほしいんだ、そんな事も出来ないのかお前は! いいから、さっさと行け!!」
思わず怒鳴り声になってしまう程に、強く言葉を発してしまう。
ここでもし藤堂が【逃げて】くれなかったら、本当に不味い。
だからこそ、私は必死に藤堂を説き伏せようとした。
だが、私のそんな言葉にも藤堂は全く動じず、また呟くように短く言う。
「無理してんだろお前」
「は?」
そこで初めて、藤堂から背けていた顔をゆっくりと元に戻す。
そこには、いつの間にか私から視線を【眼鏡の青年】に移している藤堂の横顔が有った。
藤堂はそのまま、私に横顔を見せながら、ゆっくりと口を動かす。
「あいつがやばそうだから、俺だけ逃がそうとしてんだろ」
「何言って———」
「もういいよ、無理するなよ」
再度、私の言葉を藤堂は遮る。
そして、先程の何倍も悲しい顔をしながら、言った。
「お前。さっきから震えてるじゃないか」
え?
震えている?私が?そんな筈はない。
そんな事は有り得ない。
恐る恐る、自分の足に目を向ける。
すると、視線に映ったのは。
ガタガタと小刻みに震える、自らの足だった……。
……嘘だろう?
……怖い、私は恐怖している?
目の前のこの男が怖い?
いや、その事は解っている。だが、ここまで怯えていたとは。
違う。こいつだけじゃない、先程からずっと考えていたじゃないか。
私は、黒服連中に追いかけられている時も、殴り飛ばしている時もずっと怖かった。
そして、駄目押しにこの眼鏡の男だ。
怖くて怖くて、発狂しそうだ。
それが足の震えに繋がっただけだ。
だけど、しんや君を助けなくてはならない。
藤堂も助けなくてはならない。
だったら、まず、藤堂だけでも助けようと。そう思ったっていうのに。
なんで、こいつは。
私の事を、
「お前が無理して傷ついてるとこなんて御免こうむるぜ。たまには俺を頼ってみろよ」
見透かしてしまうんだ……?