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Re: 萩原さんは今日も不機嫌 ( No.56 )
日時: 2011/03/31 11:09
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

『第三話 萩原さんの休日事情』3‐9 1/3

「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
獣の咆哮の様な声を上げ、藤堂は【青年】に突っ込んでいく。
右手で握り拳を作り、青年の頬を殴り飛ばそうとしているのだろう。
後一歩。
藤堂の拳が【青年】の顔面に辿り着くという瞬間。

「……つまらない」

ヒョイという擬音が似合うほどに軽い動作で、【青年】は藤堂の攻撃を足をちょっと動かして避けた。
「うわっ!? ってちょ、まっ、うぎゃあっ!!」
その所為で、勢いをつけて【青年】に飛びかかった藤堂は、勢いを殺しきれず、偶々地面に転がっていた黒服に躓き盛大に転んでしまった。
藤堂……。なんと情けないこけ方だ。
今時そんなギャグ調の行動は、誰に見せても笑ってくれ無いと思うぞ。
「痛ってぇ。て、てめえ! 何で俺の愛の鉄拳パンチを避けやがるっ! ちゃんと顔面で俺の正義の鉄拳パンチを受けろよ!!」
愛と正義がたっぷり詰まっていそうな拳なんて、誰だって避けたくなるだろう。
といううか、その愛が詰まった拳を【青年】に向けていいのか?
それは同性愛ということに……。
いや、だからって私に向けられても困るわけだが……。
寧ろ向けてくれたら、この世から一人馬鹿が消える結果にはなるかもしれんな。
主に私の殺意と怨嗟の拳によって。
「君さ。なんなんだい? 正直うざったいよ?」
私のくだらない思考を余所に、【青年】は相も変わらないにこやかな笑顔で、鋭い視線を藤堂に送りながら呟きを続ける。
「ああ、うざいだと!? 俺のどこがうざいって言うんだ!! それを言うなら、お前の方が万倍うざい!!」 
「君。愛とやらがそんなに大事か? 」
藤堂の抗議の言葉を一切合切無視して、青年は無様な体勢の阿呆に言葉を届ける。
「下らない。人間ってのは自分が一番大事なもんだろう? 君は自分の安全より愛が大事だとでも言うのかい?」
「ああ!?」
【青年】の挑発の染みた言葉に、藤堂は地に這いつくばった状況から飛び上がりつつ叫ぶ。
「大事なのは愛じゃねえよ、萩原だっ!!」
「……」
沈黙。
【青年】に圧倒的な沈黙が訪れる。
先程までのにこやかな笑顔は消え去り、呆れた様な、人間でないものを見るような目で藤堂を見ている。
まあ、そりゃそうだろう。
眼鏡の頭のおかしいお兄さん。
確かにあんたは【異常】みたいだが、藤堂の私に対する感情の持ち方もかなり【変質的】だ。
尤も、私にとっては藤堂の方が万倍マシと言えるだろう。
マシってだけで、別にいいわけではないのだがな……。
「話にならない……。興がさめたよ少年。さよなら」
そう言って【青年】は私たちに背を向けて路地の出口に歩いていく。
「お、おい! しんや君を離せ!!」
藤堂はそのあまりの潔さに一瞬呆気にとられていた様だが、直ぐに我に返って【青年】を引き留める。
そんなやり取りを呆然と眺めていた私だが、そこでふと気付く。
藤堂が殴り飛ばそうとする前には、【青年】に手を掴まれ涙を浮かべていたはずのしんや君が【居なくなっている】事に。
「お、おい! しんや君はどうしたんだ!!」
私は若干緊張でうわずった声で、【青年】に問いかける。
すると、【青年】は何が楽しいのか、にこにことした笑顔を顔に浮かべて私の方へ振り返りつつ。
「知らないよ。どっか行っちゃった。気がそこの少年の方へ向いていたからね、いやぁ〜、油断しちゃった」
とおどけた調子で答えてきた。
「はぁ!? ふざけんなよ! てめぇ、しんや君をどこに隠しやがった!!」
「だから知らないって言ってるだろう? 全く、いい玩具が見つかったと思ったのに。つまらない。ほんとつまらないよ。そこの暑っ苦しい君も、あの志島の旦那の孫も。そして、そこの女の子もね」
藤堂の言葉にも、やはりどこか【狂気】を感じさせる笑みを浮かべつつ答える【青年】。
捨て台詞ともなんとも言えない言葉を呟きながら、突如現れた【狂人】は路地の出口に歩いていく。
「あ、畜生、まてっ!」
【青年】の背中が路地の角から完全に消えるのを見て、急いで追いかけようとする藤堂。
「あー、もう畜生!! だけどあんな奴より——」
だが、駈け出したそうにしたその脚は、直ぐに方向を転換して、私の方に向かってきた。
「——大丈夫か萩原っ!! そんな尻もちついて!! どこか痛いのか!?」
「へ?」
焦った声で言ってくる藤堂の顔を見て、そこで私は初めて気がついた。
なんとまあ情けない事に、私は地面に女の子座りでヘタレ込んでいたのだ。
「お、おい。ほんと大丈夫か! 怖かったのか萩原!? だが、大丈夫だ! 俺があの野郎は追っ払ったからな! 安心しろ!!」
実際は追っ払ったんじゃなくて、飽きてどっかに行った感じだったが。
どちらにせよ、視界から消えてくれたのはありがたい。
だが、どこか恥ずかしさで、顔が下を向いてしまう。
「と、藤堂」
「ん? なんだ? 歩けないならおぶってやろうか?」
相も変わらない、無駄に元気な回答を返してくる藤堂。
私はその何時もの雰囲気に安心しつつ、藤堂にしゃべりかける。
「……お前、私を守ろうとしたな?」
「え? あ、ああ。当たり前だろ?」
何を言ってるんだ、といった顔で藤堂は私の言葉に答える。
私は、ほっとして緩みそうな頬を必死で固くしながら、自分の話を続ける。
「もし、あの男がお前に危害を加えるような男だったらどうする気だったんだ? あんな、馬鹿みたいにまっすぐ突っ込んで行って、もし怪我でもしたらどうするつもりだったんだ?」
「え、あー、いや、そうだなぁ〜、さっきはほんとに頭にきていて、あんまそういう事は考えてなかったからな」
馬鹿だ。いや、もういい。こいつが馬鹿なのは告白された時から分かっている。
だが、今回は話が別だ。
【馬鹿】の一言でかたずけられる一線を、こいつは逸脱しやがった。
「お前が私を好きなのは知っている。だけどな、今回お前はやりすぎだ、あの男は本当の【狂人】だ。それを相手にしようだなんて、馬鹿以上の馬鹿がやる事だ」
「馬鹿以上の馬鹿ってなんだよ」
「知るか。とにかく、もう二度とあんなことはするな。私を庇おうとして、お前が傷を負うなんてアホらしいだろが」
私はなるだけきつく、冷徹な感情を言葉に乗せて藤堂に言葉を届ける。
流石にここまできついことをいったら、少しは落ち込むだろうかと思い、今まで俯いていた顔をあげて藤堂の表情を見た。
すると藤堂は予想とまったく違い、温かく【微笑んでいた】。
「……何笑ってるんだ」
私の予想外の表情に対する困惑の言葉に、藤堂は心底うれしそうに微笑みながら、口を開いた。
「いやぁ、嬉しくって。ほんと、心の底から嬉しくってさ」
「は? 何が?」
私の疑問の言葉に藤堂は、だってさ、と続けて。
言った。



「お前、俺の事心配してくれたんだろ?」