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Re: 萩原さんは今日も不機嫌 ( No.58 )
日時: 2011/03/31 20:49
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

『第三話 萩原さんの休日事情』3‐10 1/2


「いやぁ〜、良かったよ琳奈ちゃんと奏君に何ともなくて」
どこか疲れた様子の、聞きなれた男性の声が私の耳に届く。
「ええ、なんとか。でも、まさか会長と、今日会うとは思いませんでしたよ」
「僕もまさかこっち方面で合うとは思わなかったよ」
軽く笑いながら。【エコ会】の会長、風宮来夏先輩は言う。
藤堂に醜態を晒して、大分落ち着いた後。
とりあえず、どこか行ってしまったしんや君を探しに、気絶している黒服連中を放置したまま路地から大通りに出たのだが。
そこで、焦った様子の風宮会長に出会ったのだ。
なんでこんなところに会長が?
と思った私たちだったが、どうやら会長はしんや君に事情を聞いて、急いで私たちを助けに来てくれたらしい。
「いやぁ〜、あの阿呆女のバイトに付き合わされて、昼休みになったから、ちょっと二人で外に行って昼食をとろうかと思ったら、走ってきたしんや君が泣きついてきたもんだから、吃驚したよ」
どうやら会長はしんや君と面識があるそうだ。その理由は、しんや君のお祖父さんと会長の親御さんとは、仕事絡みの付き合いがあるそうなのだ。
その為、あの【騒動】から何とか逃げ出して、当てもなく走っていたしんや君が、偶々見つけた会長に助けを求めてきた。という訳だ。
一見会長としんや君には何の接点もなさそうだが、風宮会長の親御さんの【仕事】を考えれば、【暴力団】と付き合いがあってもおかしくは無い。
だが、警察の親を持つ私としては、微妙な心持だ。
「……暴力団の孫と付き合いのある仕事って、何があるんですか。まともなんですか、その仕事……」
「詮索するなよ」
藤堂の言葉に、私は会長が反応する前に釘を刺す。
すると、前を歩いていた会長は、肩越しに振り返り藤堂の方を見て苦笑しつつ言う。
「悪いけど、まだ教えられないかな。でも、【エコ会】にとっても、【志島・井出見組】は依頼人でもあるんだよ?」
「え!? マジすか……」
どんな【依頼】を想像しているのか、汗をダラダラと流している藤堂を見て、私は思わず表情を意地の悪い笑みに歪ませてしまう。
実際には、危ない【依頼】なんて来ないのだが、先ほどの騒動の後では、物騒な事を想像してしまうのだろう。
だが、教えるのもつまらないので、このままにして置こう。
先ほど、【弱み】を見せてしまったからな。これ位の意地悪は許されてしかるべきだろう?

そんな数分前とは打って変わった雰囲気のまま、しんや君と、付き添いで傍にいるという副会長が待っているという『ラエックス』に到着した。
迷子のしんや君と出会った、大きな自動ドアがある『ラエックス』の出口。
その大きなドアが漸く見えてくる。
そして、ドアに寄りかかって俯いているしんや君と、その傍でしんや君を慰めているらしい副会長も視界に入ってきた。
「あ!」
すると、こちらの存在に気付いたのか、しんや君が物凄い勢いでこちらに駆け寄ってきて、私の腰に思いっきり飛びついてきた。
「よかっだぁっ!! おねえぢゃん達がぶじで、よがっだぁ!!」
掠れた声でそんな事を言いながら、抱きついてくるしんや君。
私はその頭に右手を置いて、優しく撫でてやる。
すると、しんや君は顔をあげて、涙で濡れた瞳をこちらに向けて、訥々と語りかけてきた。
「ぼくね、あの眼鏡のお兄ちゃんが……怖くてね……っひく。だから、必死で逃げてね……、だけど、お姉ちゃん達が心配になってね」
途切れ途切れに、言葉を紡いでいくしんや君。
その姿が、どこか先ほどの自分と被る。
「だから……誰か、助けも貰おうと思ったらね……えぐっ。ら、来夏お兄ちゃんと、恵美お姉ちゃんがいてね……、ひっく。だから、助けてって」
きっと必死に走ったのだろう。そして、会長たちを見て、どれだけ安心したのだろうか。
「そしたら、来夏……えぐっ。お兄ちゃんがね……すぐに走って行ってね。恵美お姉ちゃんに連れられてね……ここでずっと待ってたの」
語り終えたしんや君は、もう一度私に強く抱きついてきた。
「……無事で。本当に良かった」
その言葉に、私は両手をその小さな体の後ろに回して、囁くようにしんや君の耳に感謝の言葉を届ける事で答えた。



「ありがとう」