コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 巫女の少女と命使いと ( No.1 )
日時: 2010/09/21 17:01
名前: 山口流 ◆v9R3ODctWg (ID: 8Sk6sKy2)


 プロローグ。

 サァァ……。
 春の風が大木の葉を揺らしている。
 その風に乗ってどこからともなく花の香りが漂ってくる。
 こんな良い天気の日にはベランダにでも出てのんびり過ごしたいものだ。
 しかしだ、この安全大国日本には義務教育制度が存在し、それが私たちの自由を剥奪している。無条件にだ。
 これには異議を唱えたくなる人も多いのではないか。
 いっそのこと反義務教育団体でも作ってデモ行進でもしてみようという気にさえなってくる。
 しかし、俺はまだ中学生と言う無限の可能性を秘めた黄金の卵なのであり、通知表に無駄なコメントを載せられるのは断固として拒否したい。
 よって、俺のデモ活動は脳内妄想にとどめておくということが、脳内会議でただいま決定した。
 脳の奥底では、いい加減授業に集中せねばと訴え続けているが、俺の脳内会議では一蹴され続けているため、俺の集中力はいかんせん授業に集中した試しがない。
 そのおかげで、俺の成績は入学当初からかなり急な下り坂になっており、赤点ギリギリを右往左往している。二科目に一つの割合で赤点ラインを踏み越えるが。
 そして、その個数がだんだんと増加していくのに比例するかのように、うちの母親のしわの数と切れる血管の本数も日に日に増加している。
 俺は窓の外の、風に揺れている大木を見ながら、この直後の昼休みの有効な活用方法を模索していた。
 とりあえず、鞄の上に弁当のセッティングは完了済みだ。
 そうやって脳内妄想を広げ、襲いかかる睡魔を撃墜(これも五回に一回は打ち損じる)しつつ、授業の内容をえらく乱雑な字でノートに書き留める。
 カリカリという鉛筆やシャープペンシルが文字を書く不規則でそれでいて規則正しい音を聞いていると、俺の脳内睡魔撃墜特攻隊が一気に劣勢になるのを感じる。

「隊長! 睡魔の勢いが増しました! こちらの戦力では、もう太刀打ちできません!」
「慌てるなぁ! それでも副隊長かぁ!」
 そういうと隊長は自分のガソリンが残り少ない隊長特別機に飛び乗ると、おもむろにポケットから鍵を取り出してエンジンをかけた。
 「ヴォォン」という音と共に先端のプロペラの回転速度が徐々に増していく。
「た、隊長! 隊長の戦気のガソリンはもうほぼ残っていません! 向こうに行くことは可能でしょうが、こちらに戻ってくるのは不可能です!」
 隊長は「フッ」っと笑うと、
「後はまかせた、隊長よ………」
「た、隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 なんてドラマが、俺の脳内睡魔撃墜特攻隊の中で繰り広げられているかも知れない。いや、それは無いな。冗談が過ぎた。板書を写さなければ。
 またも不規則で規則的な音が鳴り響く。自分の脳内妄想を強制ストップさせて、板書をさっきの五倍以上汚ったない字(自分以外に理解不能)というか、もはや似非インダス文字で写し取っていく。
 うわ、俺が言うのもなんだが本当に汚い。いまさら直す気はさらさらないけど。
 似非インダス文字終了時に、戦争反対者が聞いた玉音放送と同じくらいの価値がある音が、学校中に高らかに鳴り響いた。
 ま、要するに授業終了のチャイムだ。
 そのチャイムによって俺が無条件降伏しかけた睡魔達は、突如米軍に核を打ちこまれたかのように弾き飛ばされて、脳内睡魔撃墜特攻隊側から勝利の歓声が上がった。
 マスコットキャラと言い換えた方がよさそうな、今日のちっちゃい日直が「きょーつけぃ、れぇい」と、幼稚園児のような声で号令をかけた。
 俺は「したっ」と小声でつぶやき軽く頭を下げて、今まで勉強していた机の中に乱雑に押し込み、弁当を机に出す。
 内容は冷凍もの×四+白米オン梅干しというものだが気にしない。
 胃に入ってしまえば、後は栄養素を絞りとられて体外に排出されるだけだ。
 俺は先ほど考えていた休み時間の有効的活用法を実行することにした。
 いや、まぁいつもやってることなんだけどさ。
 俺は弁当や教科書の類を入れている鞄とは別のカバンを開け、一冊の本を取り出した。今流行のライトノベルだ。
 弁当のふたを開け箸を右手で持ち、左手にはライトノベルを持って、それを読みつつ弁当をつつき始めた。
 行儀が悪いと言われようと、俺はこれをやめる気はない。でも良い子は真似しない様に。
 俺は適当なところで箸を進めながら、本を読みふけっていた。
 教室の中には席をつけるのが面倒なのか、席は離したまま適当に近い席に座って離している四〜五人の男子軍団や、こちらは丁寧にも席をきちんとくっつけて、楽しそうに話している女子軍団がいた。
 教室を見回しても一人で、それも本を読みながら弁当を食っている奇特な人間は俺以外にはいない。
 最初に言っておくが、俺は別に友人関係が悪いわけではない。単純に友人を誘うことが面倒なのだ。そこんところは理解してほしい。
 まぁ、いまさらこのことを気にする人はいない。
 初めは若干「あぁ、こいつがオタクっていう奴か……」というような目で見られたが、それももう過ぎた。
 最近は本を読んでる最中でも俺の机に来て、適当に飯を食うやつもいる感じだ。ま、めんどいから俺からは絶対に誘わないがな。
 窓からは相変わらずほんのりと花のにおいを含んだ風が流れ込んでくる。
 風は誰に頼まれたわけでもなく、自由に空を飛んでいるのだろう。
 しかし、今日はなんとなく、本当になんとなくだが、その風が何かを運んでいるように感じられた。
 窓から入ってくる風に髪を揺らしながら、窓の外に見える学校の敷地内に聳え立つ、古い大木になんとなく目を向けて呟いた。
「転校生でも…来たりしてな」
 口元に薄い笑いを浮かべて、自分に似合わないと感じつつも、そんな事を考えていた。